雪の降る街に、少女は素足で立っていました。
「マッチはいりませんか? マッチはいかがですか?」
大晦日の夜。
せわしなく歩く人々の中に、マッチを買ってくれる人はひとりもいません。
それどころか、粗末ななりをして、大きすぎるエプロンをつけた少女に眉をひそめます。
よけて通るのです。
「靴もはいていないなんて……。あんな子が売っているものは、どうせ、使いものにならないよ」
「わざとあんな恰好をして、哀れみを乞おうとしているのかもしれないね」
「おお、いやだ、いやだ。どちらにしても、あんなマッチ、だれが買うものかね」
ひそひそ声が、少女の背中をかすめていきました。
それでも、少女は声をはりあげます。
「マッチはいりませんか? マッチはいかがですか?」
今朝も父さんは機嫌が悪く、
「酒がない。酒を買って来い!」
少女に向かって、大声でどなりました。
酒を買う金など、どこにもありません。
すると父さんは、ありったけのマッチを少女に持たせ、
「これを全部売るまで、帰ってくるな!」
少女の背中を蹴って、外に放り出したのです。
少女には、外套を着るひまもありませんでした。
冷たい風が、亡くなった母さんのおさがりのエプロンをなびかせます。
けれど少女は、外套を取りに戻る勇気など持てませんでした。
「父さんに、なぐられる」
少女は、マッチをにぎりしめました。
これを売ればいいのだ。
これを売れば、酒が買える。
父さんの機嫌もよくなる。
家にいられる。
少女は人通りの多い街に向かっていそぎました。
そこならきっと、マッチもはやく売れるだろうと思ったのです。
雪が降りだしました。
マッチをぬらさぬよう、少女はポケットの口を手で押さました。
その手がこごえます。
大きすぎるおさがりの靴は、雪の積もる道にますます重くなりました。
少女の足がとられます。
そこへ二台の馬車がスピードをあげて迫ってきました。
「あっ!」
ぐずぐずしてはいられません。
少女は靴を脱ぎ捨て、道をわたりきりました。
馬車にはねられた片一方の靴は、どこかに飛んでいきました。
もう片方の靴は、少女と同じような粗末ななりをした男の子が持ち去っていきました。
少女は逃げていく男の子の背中を見つめながら立ちつくします。
「どうしよう……」
靴は、それきりしかありませんでした。
そうしているまにも、足は凍りつくようです。
つま先は赤く染まり、じんじん痛みます。
「そうだ……」
はやくマッチを売ろう。
マッチが全部売れたら、父さんの酒が買える。
酒を飲んで機嫌のよくなった父さんは、新しい靴を買ってくれるかもしれない。
少女はまた街に向かって走りだしたのです。
素足のまま。
「マッチはいりませんか? マッチはいかがですか?」
マッチは一本も売れませんでした。
湯気の立つ、焼きたてのパンを、山ほど抱えていく人がありました。
毛皮のコートを着て、プレゼントの箱を持った人が、いそいで駆けていきました。
お父さんに抱かれた小さな子が、並んで歩くお母さんに向かって、きゃっきゃとはしゃぐ声をたて、その手を伸ばしていました。
「マッチはいりませんか? マッチはいかがですか?」
それなのに、マッチは一本も売れません。
お腹をすかせた少女の胃袋が、きゅうっと縮みあがります。
頭にも肩にも雪が降り積り、寒さはからだじゅう、突き抜けるようでした。
人通りの多い街中にいるはずなのに、自分のまわりだけ異世界にでもなったよう。
少女はひとりぼっちでした。
「マッチはいりませんか? マッチはいかがですか?」
自分の声が、遠くから聞こえてくるようでした。
家々のあかりが灯りはじめ、それでもやっぱりマッチは一本も売れなかったのです。
少女は手の中のマッチを見つめました。
帰りたい。でも、
「これを売らなければ、家には帰れない」
このまま帰れば、父さんにぶたれることはわかりきっています。
目をつりあげて、腕を振りあげる父さんの姿が目の奥に浮かんできます。
それだけでもう、少女のからだは硬くこわばり、胸はどきどきと締めつけられました。
冬の空から降りてくる寒さは、重い石のように、少女にのしかかります。
角にある一軒の家の前に、少女はすわり込みました。
痛む足をさすりながら、
「ああ、せめて、あの靴があったら……」
せめて、外套を着ているのだったら……。
家の中にいるのなら……。
遠くなる意識の中で、少女はふっと気づいたのです。
「あっ、マッチがある」
少女はもう、それが売り物であることも忘れていました。
ただただ寒くて寒くて、それに火をつけずにはいられなかったのです。
シュッ!
少女はマッチをこすりました。
そして、その炎に目を瞠りました。
なんと美しいのでしょう。
手をかざすとそれは、なんとあたたかいのでしょう。
まるでストーブの前にいるようです。
輝く炎は、少女の胸にまで灯をともしました。
心まであたたかくつつんでくれました。
ほんとうのストーブが、すぐ目の前にあるよう。
「もっと、そばに寄ろう」
少女がそう思ったとき、小さな火は消えてしまいました。
残ったのは、燃え尽きたマッチだけ。
少女はもう一本のマッチを、家の壁ですりました。
すると今度は、その壁が炎に透けていくのです。
暖かな部屋。
まっしろなテーブルクロスのかかったテーブルの上には、ごちそうが並んでいます。
ローストチキン。
フルーツののったサラダ。
スープは湯気をあげています。
少女は、こくんと喉をならしました。
やせこけた小さな手を、テーブルに伸ばします。
そのときでした。
二本目のマッチは燃え尽き、さっきまで見えていたはずの部屋は、冷たいレンガ色の壁に戻っていたのです。
「ああ、もう少しだったのに。もう少しで、あのご馳走を食べることができたのに……」
少女はいそいで、次のマッチをすりました。
目の前がきらきらと光ります。
見あげるとそれは、大きな大きなクリスマスツリーでした。
ツリーには、数えきれないほどの灯がともり、目を瞠るほど美しい飾りがついていました。
少女は息を飲んで見つめます。
輝くツリーは、まるで満天の星のようでした。
と、ひとつの灯が、流れ星のように落ちていきます。
「あっ、きっと今、だれかが亡くなったんだわ」
大好きだったおばあさんが生きていたころ、少女に教えてくれたのです。
流れ星が落ちるとき、だれかの命が空にのぼっていくのよ、と。
マッチの火が消えると、すぐに少女は次のマッチをすりました。
するとそこに、おばあさんが立っていたのです。
あたたかくて、やさしいおばあさんは、マッチの炎、そのもののようです。
「おばあさん!」
炎が風に揺れると、水に映った景色のようにおばあさんの姿も揺れました。
「おばあさん、おばあさん、消えないで! わたしを置いていかないで!」
少女は泣きながら、夢中でマッチをこすりました。
そしてとうとう最後には、束のままのマッチをこすったのです。
大きな炎があがりました。
おばあさんは炎の中で、微笑んで、両腕を広げています。
少女はその胸に飛び込んでいきました。
もう寒くはありません。
さみしくもありません。
なにもかもが満たされていくのです。
少女の命は、おばあさんといっしょに、空にのぼっていきました。
次の日の朝。
街角で凍え死んだ少女を通りかかった人が見つけました。
少女のまわりには、燃え尽きたマッチが落ちています。
「かわいそうに」
足を止めたその人はいいました。
でもだれも、少女が最後に見たものを知りはしないのです。
少女はその顔に笑みを浮かべ、新年の日の光に照らされていたのでした。
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しがみねくみこ (日曜日, 11 9月 2022 21:10)
マッチ売りの少女は、大好きな作品です。
自分流に書き直しました。(*^_^*)
しがみねくみこ (日曜日, 11 9月 2022 16:58)
マッチ売りの少女は、大好きな作品です。
自分流に書き直しました。(*^_^*)