鬼の子ども

 鬼の子には親がいませんでした。

雪の積もったけもの道を、素足で歩きながら、

「お腹すいたなぁ」

 食べるものをさがしても、山にはもう、何もありません。

ふらふら歩いていると、耳のいい鬼の子に、こんな声が聞こえてきました。

「鬼はぁ外ぉ。福はぁ内」

 今日は節分。

村では豆まきが始まっていたのです。

でも鬼の子はその意味を知りません。

「今、たしか鬼と聞こえた。うんうん、鬼といってる」

 鬼の子は、村に向かって歩きだしました。

「鬼はぁ外ぉ。福はぁ内」

 声はずんずん大きくなり、まかれた豆が、雪の上に落ちていくのが見えました。鬼の子は、その豆に飛びつきます。雪の中に沈んだ豆をひとつ取っては口に入れ、

「うまい!」

 取っては口に入れ、

「うまい、うまい!」

 

 そのころおじいさんは、村の入り口に立っていました。

「やれやれ、おそくなってしまった」

孫のいる村まで、

「おいしい豆を届けてやろう」

 と、前の日から出かけて、帰ってきたところです。

「ふうっ」

 息をついたおじいさんの耳にも、豆まきの声が聞こえます。

今ごろは自分の持っていった豆で、孫たちも豆まきをしているんだろうか。

そう思うと、からだじゅうの疲れも寒さも吹き飛ぶようでした。

「さあ、もう少しだ」

 おじいさんは足を速めます。

と、白い雪の上に、何かがうずくまっているのを見つけました。

どうやら子どものようです。それもちょうど孫と同じくらいの。

「どうしたんだい?」

 おじいさんはかけ寄ろうとして、そのままそこに立ちつくしてしまいました。

その子の頭には角が二本。

なんと鬼の子だったからです。

 鬼の子はおじいさんのほうを、ちろっと振り返ったっきり。

あとは見向きもしないで、豆を口に入れています。

おじいさんはそのようすを、じっと見ていました。

鬼の子はくるぶしまで、素足を雪に飲まれています。小さな豆をひとつひとつと拾う指は、寒さに赤く染まっていました。豆を口に入れるたびに白い息が、ほうっと凍った空気をとかしています。

 おじいさんはかわいそうで見ていられなくなって、

「ついておいで。おいしい豆ならうちにあるから」

 鬼の子はだまっておじいさんを見上げました。

それから、かちこちになった足をゆっくり伸ばすと、

「ほんとか?」

 と、ききました。

 おじいさんはうなずきながら、自分のみので、鬼の子をくるんでやりました。

おじいさんの家の、暖かないろりの前で、

「ほら」

 おじいさんが炒った香ばしい豆を、

「あちち、あちあち」

 鬼の子はみるみる食べて、

「おいしい」

 と、笑いました。

おじいさんはまるで孫の相手でもしているように、干し柿やら餅やらと、鬼の子に食べさせます。

もう食べきれないほど食べると、鬼の子はそのまま眠ってしまいました。

「角がなけりゃあ、だれも鬼とは思うまいに」

 ふとんをかけてやりながら、そのあどけない顔と孫の顔が、おじいさんの胸の中で重なります。

次の日も、その次の日も、おじいさんは寒い外へと鬼の子を追い出すことができませんでした。

村じゅうに鬼の子のことは知れわたり、みんなが噂するようになりました。

「節分の日に、鬼を拾ってきたんだってよ」

「こっちは豆まきして、鬼を追い払ってるっていうのに!」

「今は子鬼みたいだけど、そのうち大きくなって、あばれだしたらどうすんだ」

 耳のいい鬼の子に、その声はみんな聞こえました。

(おらは、あばれたりしないのにな)

 鬼の子は自分の頭に手をやると、そっと角をさわってみました。

とんとん……。

家の戸がたたかれて、おじいさんは外へ出ます。

「何を考えてるんだい、おじいさん」

「こんなめいわくな話はないよ」

 詰め寄る村人たちに、おじいさんは、ぺこぺこ頭を下げてあやまりました。

「けど、どうしても、この寒空にあの子をほうりだせません。どうか春まで……」

「何いってんだ!」

「春まで置いて、仲間でも来たら、手におえると思うんかい!」

 家の中にいた鬼の子はもう、身がちぢまって消えてなくなりそうでした。

ぎゅうぎゅう押されるような胸に、喉がつまりました。

頭の上で角の根元がきりきり痛みます。

鬼の子は両手で角をつかみました。それから、

「鬼はいちゃいけないんだ」

 泣かないはずの鬼の子の頬に、涙がながれました。

そのときでした。

みしみし、めりめり……。

鬼の子が両手につかんでいた角が、折れてしまったのです。

その音におじいさんは、おどろいて戸を開けます。鬼の子はだらりとさげた両手に、一本ずつ折れた角を持ちながら、

「おらにはもう角がねぇ。おらは人間になった」

透きとおった涙が鬼の子の頬を、ほろほろつたっていきます。

おじいさんは鬼の子を抱きしめました。

「ああ、いい気持ちだな。角がなくなってよかったなぁ」

 おじいさんはその顔を、たもとで拭いてやりました。やわらかな白い頬。鬼の子は、やさしい目で笑っています。

 開け放たれた戸の外から、白い雪をのせた風が吹き込みました。

鬼の子の手から離れた二本の角が、からころと音を立て、床の上を転がっていきます。

と、角のあとがふさがって、黒い髪がみるみる伸びてきたのです。

 鬼の子は人の子になりました。

 

鬼の子だったその子は、おじいさんと暮らします。

冷たい雪がとけるように、人々のかたくなな心もとけていきました。

春になり、花々が咲きほこるころには、その子は村の子どもたちと駆けまわります。

あたたかな春の陽射しが、その子をそっとつつんでいました

コメント: 3
  • #3

    しがみねくみこ (水曜日, 25 5月 2022 20:46)

    こすちゃん!
    コメントを、ありがとうございます!!(*^_^*)
    めっちゃ嬉しい。
    お話も、書き直したので、読んでいただけて、嬉しいです。
    またお話をしにきてくださいね。
    大好き!

  • #2

    こすもす (火曜日, 24 5月 2022 21:37)

    豆を拾う鬼の子の様子が目に浮かびます。村人に追い出されるかとハラハラしました。
    良かった人間の子になれて(^^♪素敵なお話を有難う!

  • #1

    しがみね くみこ (日曜日, 08 5月 2022 15:14)

    昔に書いた作品を、直したものです。
    読んでくださって、ありがとうございます!(*^-^*)