ぼくのため息

「足の骨、折れた」

 妹のノンがアスファルトの上にペタリと座り込んだ。

 夕暮れの道には、街灯も灯り始めている。

「またか……」

 ノンの足は折れたわけじゃない。

くたびれて甘えているだけなのだ。

 いつもなら、「ほら」といって、ノンに背中を向けてしゃがむ。

するとノンは、立ちあがって、ぼくにおぶさる。

 ぷくぷく太ったノンは重い。

ずしんと沈むひざに力を入れて、ぼくはふらふらする足で歩く。

 たいてい二十歩もいかないうちに、ノンは、

「しんどい?」

 と、聞いてくる。

「し、ん、ど、い」

 ぼくが答えると、ノンはスルリと背中をおりる。

座り込んでいたことなんかうそみたいに、ぼくの手をひいて走りだす。

 それは、いつものことだった。

 だけど今日という今日は、おぶってなんかやるもんか。

「足、痛いよぅ」

 ノンは、しつこい。

「置いて行くからな」

 ぼくが大きな声を出すと、それよりもっと大きな声で、

「骨、折れたよぅ」

 なぐってやろうかと、そんな思いも込み上げたけど、ぼくはぐっとこらえて、夕陽をにらみつけた

 今日のノンは最悪だった。

 家を出たとたん、まずは、もらったこづかいの百円玉ふたつを自分で持つといって聞かなかった。

 しかたがないので、ノンのポケットにそれを入れた。

「落とすなよ」

 ノンはポケットをたたいて胸をはると、にまっと笑った。

 ぼくは、一つ目のため息をついた。

 そこへ、サッカーボールをけりながら、

「遊ぼうぜ」

 と、友だちがやってきた。

「ノンも行く!」

 おとなしくしているという約束で、グランドまでつれて行った。

それなのにノンは、飛んできたサッカーボールを抱いて離さない。

 ちょっとしたすきにボールをけったら、寝転がって泣きだした。

「また、今度な」

 そういって、友だちは帰ってしまった。

 二つ目のため息。

 それでもぼくは、がまんしたんだ。

「お菓子、買いに行く?」

 ノンは、けろっと顔をほころばせて起きあがる。

ぼくはノンの髪についた土を払ってやる。

 駄菓子屋に向かう途中で、

「お金は?」

ぼくはノンに向かって手を差し出した。

ノンはポケットをまさぐると、

「ない」

 と、ひと言。

 ポケットをひっくり返しても、グランドじゅう探しても、ふたつあったはずの百円玉はどこにもな

かった。

 ぼくはそこで、三つ目のため息をついたんだ。

「歩けないよぅ」

 夕暮れの道で、アスファルトに根をはったみたいに、ノンは動かない。

 絶対、おぶってなんかやるもんか。

 絶対、おぶってなんかやらないからな。

 だけど、ノンを置いては帰れない。

 立ち尽くすぼくの頬を、涙がつたった。

 ノンは、びっくりした目で、ぼくの顔をのぞき込むと、

「足の骨、折れた?」

 それからぼくに背中を向けてしゃがむと、

「おにいちゃん、ほら」

 顔だけをぼくに向ける。

 おぶってくれる気だ。

 ノンの肩に手を置いて、ぼくはノンの小さな背中にからだを任せた。

 ノンとぼくは、上から押されたみたいに、くしゃりとつぶれた。

 何度も何度も、しりもちをついて、それからぼくが、

「しんどい?」

 と、聞くと、ノンはいばって、

「し、ん、ど、い!」

と、答えた。

 ぼくは最後のため息をつくと、ノンの手をひいて走りだした。

 走りながらふたりは、さっきまでのことがうそみたいに笑いだした。

 一番星の光る空に、クツクツ、ケラケラ、笑い声がひびいた。

コメント: 1
  • #1

    しがみねくみこ (日曜日, 20 11月 2022 16:15)

    兄弟、血のつながり、それはとても強いと思います。
    血がつながっていなくても、家族のつながりは強いです。