アスファルトになった堤防の、ほんのぽっちりの草の中で、こおろぎたちは過ごしていました。
りりり、るるると鳴きながら、秋の更けるのを待っていました。
ところがある日。
がるる、がるると吠えたてて、工事の車が集まります。
ほんのぽっちりの草は引き抜かれ、アスファルトには何にもなくなってしまったのです。
塗りかえられたアスファルトは、白く白く光ります。
岩陰にいた一匹のこおろぎだけが、夜になると鳴きました。
りりり、るるる、りりり、るるる……。
「一匹だけで鳴いてたって、しょうがない」
星たちは、笑いました。
「たった一匹になってしまって、かわいそうに」
月は、なぐさめました。
毎夜、毎夜、こおろぎは鳴きました。
なんにもなくなったアスファルトの上で鳴いていました。
誰を呼ぶというのでしょう。
誰が聞くというのでしょう。
ひゅるると北風が吹きだしました。
北風は、珍しい鳴き声を聞くと、こおろぎに、
「どうして、たった一匹で鳴いているんだ?」
「生きている限り、鳴くことはやめられないのです」
北風は、こおろぎをすくいあげます。
「なかまのところへ、運んであげよう」
ひゅるる、りりり、るるる、ひゅるる、りりり、るるる……。
北風は、公園の草の上に、そうっと、こおろぎをおろしました。
「ああ、懐かしい。懐かしい草の匂い!」
けれど公園に、鳴き声は聞こえません。
月明かりの下。土の中にたまごたち。
「こんなところにいたんだね。こんなところにいたんだね」
最後に鳴くと、こおろぎの声は、もう聞こえなくなりました。
土の中のたまごたちのそばに、こおろぎは消えていったのです。
しがみねくみこ (水曜日, 10 5月 2023 20:45)
アスファルトの上で鳴いているこおろぎがいて書いた作品です。