山の郵便屋さん4

一郎さんは、きつねのあとを、そっとつけていきました。

手紙がちゃんと届けられるまで、やっぱり心配だったのです。男の子は約束を守ります。ゆっくり、

ゆっくり……。

 それは、あとをつける一郎さんが、まどろっこしく感じるほどでした。

 山の奥にある大きな木のうろの中で、おかあさんぎつねは待っていました。男の子がうろの前で頭

を下げると、おかあさんぎつねはふっ。その頭をしっぽでなでてやったのです。たちまち男の子は小

さなこぎつねに……。

 一郎さんはそのようすを少し離れたところから見守っていました。手紙の中から、木の葉とくたび

れた草が出てくるのが見えます。

 おかあさんぎつねはその草をいそいで食べて、それから、ゆっくりと木の葉の手紙を読んでいるよ

うでした。

(……薬?)

 一郎さんは思いました。おかあさんぎつねがいそいで食べたのは、薬草だったのかもしれません。

一郎さんには、

(きっと、そうに違いない)

 そう思えてなりませんでした。

(よかった、よかった)

 一郎さんは親子のきつねを振り返り振り返り、そっと山をおりて行きました。封筒に貼られた切手

が消印の押された小さな木の葉になっていることまでは気づかずに。

「今ごろは、あの感心な郵便屋が、きっと手紙を届けに行ってくれてるね」

 それはあのおばあさんでした。おばあさんは、きつねではなく、やまんば。このあたりの山の主で

した。昔、このあたりがいくつもつらなる山並みでつながっていたことを一郎さんは知りません。そ

のころ、山々の動物たちはなかよく行き来していました。そんな山間に人間の住む村がひとつでき、

村は増えていきました。つらなる山をひとつ、またひとつと、くずしながら。行き来できなくなった

動物たちはやまんばに相談して、山鳥に手紙をはこばせることにしました。が、とうとう山鳥たちも

少なくなって、山の動物たちは手紙も運べなくなったのです。そんなときでした。きつねのおかあさ

んが病気になったのは。

「あの薬草は、この山にはないのに……」

 必死の思いでたくした手紙を、きつねは人間の郵便ポストに放り込んだのです。

そして一郎さんなら、返事を届けてくれる。やまんばは知っていたのです。

 まさか、やまんばに見込まれたとは一郎さんは知りません。配達できた手紙に満足して村へ戻って

きたのです。夕陽の落ちた遠い山は赤く縁取られ、空はもう深い藍色にそめられていました。うれし

そうなあのこぎつねのことを思い出しながら家に着いた一郎さんは、

「えっ?」

 玄関の前にかごが置かれているのを見つけました。中に入っているのは大根にごぼうに人参。それ

から山芋に、ふんだんなきのこ。

「あっ!」

 一郎さんは思い出しました。あのとき、おばあさんの家で食べたみそ汁の具と同じです。

(あのおばあさんからだな)

 一郎さんにはわかりました。ただ、どうして一郎さんの家がわかったのか、なぜ今日という日だっ

たのか、一郎さんには不思議でなりませんでした。まるであのおばあさんは一郎さんのことを何もか

も知っているかのようです。

(……してやられたのかな)

 男の子のしっぽと、おばあさんのぎゅうっと結んだ白い髪が、一郎さんのまぶたの裏で重なりまし

た。

 そうしてしばらくたった、ある日のことでした。山野かの子さんに宛てた手紙が、また村の郵便局

に届いたのです。差出人は山野きつ子。一郎さんはため息を着きました。

「ああ、まただ」

 ススキの原の脇に自転車を置くと、一郎さんは枯れてしまったススキの穂を、かきわけ、かきわけ

。やっぱり、おばあさんは現れてはくれません。でも、一郎さんは見つけたのです。

「あっ!」

 雑木林の入口の木に、ひっそりと郵便受けのくくりつけられているのを。きっと誰も気づかないか

もしれません。郵便配達以外の人には。でも一郎さんの仕事は郵便配達。

「よかったぁ」

 ポストには住所も名前も書いてあって、手紙の宛先に間違いはありません。一郎さんはポストの中

へ手紙をストンッ。ほっと胸をなでおろすと、来た道を戻り始めました。

「寒っ」

 一郎さんは紺色の制服のえりを立てました。

 空からは初雪がほろほろと舞い降りてきました。

コメント: 1
  • #1

    しがみねくみこ (土曜日, 12 11月 2022 17:31)

    嬉しいラストです。(*^_^*)