午後の客のとぎれた時間。サンドイッチをつまんでいると、ドアの鐘が鳴った。
「いらっしゃいませ」
振り返った私は目を見張った。きれいに結われた日本髪に十二単。そういえば近頃は皇室を真似た花嫁衣裳もあると聞いたことがある。彼女は、「よっこらしょ」と重そうに裾を持ち上げ、カウンターのイスに座ると、
「熱いコーヒーを入れてちょうだい。……まったくもう。あの人ときたら」
カウンターの向うから、鼻息荒い彼女の大きなため息が聞こえた。と、突然、彼女が泣きだしたのだ。
「どうされたんですか?」
おどろいた私は、思わず声をかけた。店にほかの客がいないのは幸いだった。
「あの人ったら、私の目を見ようとしないんです。ずっと、そっぽを向いたまま。それで私、とびだしてきたんです」
なるほど結婚式当日に花嫁の顔を見ないなんて、よほどの事情があるに違いない。ほかに浮気相手でもいて、彼女と結婚したくないとか。それとももっと単純に、この大げさな花嫁衣裳が気に入らないとか、それとも、
「もしかして、照れてらっしゃるだけじゃないんですか?」
「そうでしょうか?」
彼女は真剣なまなざしで私を見る。見つめ返したその顔に、見覚えのあるような気がする。以前にも店に来てくれたのだろうか。
「とにかく彼に聞いてみたらいかがですか? きっと心配されてますよ」
彼女は黙った。黙ってカップの底のコーヒーを飲み干すと、「そうね」といって、まぶしい笑顔を私に向けた。
「サービスです」
うれしくなった私は新しいカップにもう一杯、熱いコーヒーを入れて彼女の前に置いた。彼女は二杯目をおいしそうに飲みながら、
「落ち着くわ」
そう、コーヒーは心を癒してくれる。
彼女は彼のもとに帰った。カウンターを片づけながら、私は彼女の忘れ物に気づく。それは華やかな飾りをつけた扇子。開いてみると、桃の花があふれんばかりに咲いている。
「すてき……」
店が終わると、私はかばんに扇子を入れた。花屋で桃の花を買って帰る。ひとり暮しの部屋には二人雛が飾ってある。
家に着き、かばんをあける。中を見た私は愕然とした。扇子がなくなっていたのだ。かばんをひっくり返す。すると中から、親指の先ほどに小さくなった扇子が出てきたのだ。
振り返って見ると、お雛様の扇子がなくなっていた。手の中に扇子を持たせると、それはピッタリ収まった。その横では、なるほど、お内裏様がそっぽを向いていた。
「ごめんなさいね」
昼間のことを思い返す。私は笑いをこらえながら、お内裏様の向きをなおした。
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しがみねくみこ (火曜日, 12 3月 2024 04:59)
ありがとー!!
嬉しいです。(*^_^*)
新作がなかなか書けなくて、昔の作品を、少しずつアップしています。
ちさちゅん (土曜日, 09 3月 2024 14:24)
ふふっ。思わず顔がほころびました(^o^)
しがみねくみこ (日曜日, 03 3月 2024 13:48)
童話というより、ショートショート?(*^_^*)