「少し、休まれてはどうです? 屋台をまわるのも楽しいですよ」
おいなりさんが、ぼくを踊りの輪の中から連れ出した。屋台には、木の実やお供え物のあれこれ。それから、川魚の魚すくいなんかもあった。変身の木の葉の屋台の台には、人間、ポスト、乗り物、木、動物などと書いた札が貼ってあり、その木の葉を頭の上にのせるだけで、その札のとおりに変身できるのだという。
「人間でも、変身できるの?」
「もちろんできますとも! お師匠さんも一度、ひきかえされたことがありますよ」
「ひきかえ?」
「はい。そのポケットで光っている入場券です。屋台といったって、きつねの屋台には、そんなに商品はありませんからね。一匹が一回。入場券とひきかえるんです」
「ふーん……」
一回だけなら、大事にしなくちゃな。ぼくは、屋台をすみずみまで見てまわった。やっぱり、魚すくいは捨てられないな。
そう思っていたら、『くすり』と書かれたのぼりを見つけた。三角に折ったいろんな色の紙の袋がつまれている。ぼくは、手をもみながら、お客を待っているその店のきつねに訊いた。
「くすりって、なんのくすり?」
「はい。そりゃあ、もう、なんでもございますです」
なんだか、おかしな日本語だな。まあ、きつねだからしょうがないか。
「お腹のくすり、歯のくすり、しっぽのくすり……。あっ、こちらはお客様には関係ありませんでした。ふぉ、ふぉ、ふぉ」
おかしな声で、きつねが笑った。なんだか腹が立って、やっぱり、魚すくいにしよう、と、歩き出そうとしたぼくを、
「すみません。大事なお客様なのに。どうか怒らないでください。あとで、おいなり様に叱られてしまいます。そうそう。とびっきりのおくすりがございますから、これで、おゆるしくださいまし」
きつねの差し出したのは赤い袋で、ぼくの耳元に手を近づけると、
「これは、とびっきりのなんにでも効くくすりです。ほんとうは、ひきかえしてないくすりなんですよ」
こそこそっと教えてくれた。
(なんにでも効くくすり?)
「それって、頭が変になった人でも治る?」
「もちろんでございます」
魚すくいに未練はあったけど、万が一、これが夢じゃなかったときのことを考えて、だまされたと思って、ぼくは、イチョウの葉とひきかえた。イチョウの葉がなくなったズボンのポケットに、ぼくは、薬を押し込むと、また盆踊りの輪に入った。楽しかった。楽しくて楽しくて、いつまでも踊って……。
気づいたら、ぼくは、ベッドの中で寝ていて、窓の外は明るくなっていた。いや、待てよ。ぼくは思い出して、盆踊りを踊ってみる。踊れた。
(まさか!)
ぼくは、きのう、着替えもしないで寝てしまったズボンのポケットの中に手を入れた。そこには、なんにもなかった。
「だよね」
やっぱり、夢だったんだ。でも、楽しい夢だったな。ぼくは、着替えをすると階段をおりて、
「おはよう」
と、いった。みんなが、おどろいた顔でぼくを見る。そりゃあ、そうだ。口もきかなかったぼくが、あいさつなんかしてるんだから。
「今日、ひいじいのところに行ってくるよ」
きのうの夢の話をしたら、ひいじいはどんな顔をするだろう。ぼくは、わくわくした。
学校でも、ぼくが、あいさつをすると、みんな、おどろいていたけど、気がつけば、ぼくのまわりにみんな来てくれて、普通に話ができていた。知らないうちにおぼえていた村の言葉で話している自分にも、びっくりさせられた。いやなやつなんて、ひとりもいなかった。なんか、学校まで、楽しくなってきた。きのうの夢をもっとはやくに見ていたら、盆踊り大会にも行ったのに。ぼくは、家に帰るとすぐ、ひいじいのいる診療所に行った。
「おい、それで、きつねの盆踊りには行ったのか?」
ぼくの顔を見るなりひいじいがいったのは、これだった。頭の病気が重くなってきてるんだ、と、ぼくは思った。ひいじいも、もう年なんだし、しかたないよな。
「うん。行ったよ」
ぼくは、きのうの夢の話を、ほんとうのことのように話した。ぼくがいつもとちがって、こんなにいっぱい話をしても、ひいじいは、おどろくでもなく普通に聞いてる。ついでに、
「だからさ。もう、意地をはるのもやめようと思ってるんだ。今日も学校で、友だちができたんだよ!」
ひいじいの目から、つーっと涙が流れてきて、ぼくはびっくりしてしまった。看護師さんを呼んだほうがいいんだろうか。ぼくの心臓が、バクバクと音を立てた。すると、ひいじいが、
「よかったなぁ、斗真。よかった、よかった。そうか、そうか。友だちもできたのか」
そういって、こぶしで、涙をぬぐった。
「その上、わしのために、くすりまでもらってきてくれたんじゃなぁ」
「えっ?」
しまった。くすりの話は、だまっていればよかった。夢の話だとばれてしまう。
「で、どこにあるんじゃ? そのリュックの中か?」
「えっと……」
ぼくは、リュックの中をまさぐって、くすりをさがすふりをした。すると、
「あった!」
どういうこと? なんでくすりがあるの?
それはたしかに、あのとき、イチョウの葉とひきかえた、三角の赤い紙の中に入ったくすりだった。袋の中には、赤くてまあるい小さなくすりが三つ入っていた。おどろきすぎて、ぼーっとするぼくを置いて、
「ありがとうな、斗真」
そういって、ひいじいが、くすりを飲んだ。これで、ほんとうに、ひいじいの頭の病気は治るんだろうか。えっ? でも、ひいじいの話がほんとうだったとしたら、頭の病気じゃないってこと?
ぼくは、診療所の帰り道、神社によることにした。神社には、人もいなくて、もちろんきつねもいない。しーんと、静まりかえっていた。ぼくは、ここで、盆踊りを踊っていたんだ。もう、くべられていた木も残っていなかったけど。
ぼくは、盆踊りが踊れるかためしてみた。やっぱり、踊れる。楽しくて楽しくて、しかたなかったことも思い出した。
踊りつづけていると、ふっと気配を感じた。振り返ると、二匹のきつねが、ぼくのうしろで踊っている。
「楽しそうだったもんで、つい」
てんことくうこだった。
「きつねの盆踊りって、夢じゃないんだよね」
ぼくは、訊いてみた。
「はい。夢ではありません」
「ぼく、あの日、屋台の薬をひきかえたんだけど、きつねの薬って、ほんとうに効くの?」
「もちろん、効きますとも。神の薬なんですから、まちがいありません」
ぼくは、ほっとした。ひいじいの病気が治る。てんことくうこは、
「来年は、おふたりでいらしてくださいね」
「えっ? また行っていいの?」
「もちろんでございます」
二匹は、すっと、姿を消した。
それから間もなく、ひいじいは退院した。
ひいじいの病気は頭ではなく心臓の病気で、それも、奇跡的に治ったんだとか。
そのわけを知っているのは、ぼくとひいじいだけ。
村じゅうが、ひいじいが元気になったことを、よろこんでくれた。
「おい、斗真。盆踊りの練習に行くぞ」
ひいじいに呼ばれて、ぼくは、
「うん!」
と、返事をする。なぜか、あれから、ひいじいが酒の匂いをさせることもなくなった。
来年の盆踊りが楽しみで、ひいじいの練習には、いつもついて行く。たまに神社に行くけど、あれから、きつねに会うことはなくなった。
練習の帰り、ぼくは、ひいじいに訊いてみる。
「ねぇ、きつねの盆踊りでもらった変身の木の葉で、なにに変身したの?」
「ごほっ、ごほっ」
ひいじいが息をつまらせ、むせかえる。
「なっ、なんで、そんなことを知っとるんじゃ!」
「屋台のきつねがいってたよ」
ひいじいは、お酒でも飲んだみたいに、顔を真っ赤にして、
「斗真のために、サンタになったんじゃ」
と、いった。
ひいじいは、ぼくをよろこばせようと、変身の木の葉をクリスマスイブまで大事に持っていて、だれにも見られないように、夜中に変身したという。
「真っ赤な服なんか着て、白いひげまではえてくるし、ほんとうに、恥ずかしかったんじゃぞ」
それなのに、ぼくは、いくら起こしても起きなかったのだという。
「もう、変身の木の葉は、こりごりじゃ」
「ひいじいのサンタさん、見たかったなぁ」
ぼくは、次こそ、魚すくいをするぞ、と、決めていた。
来年の盆踊り大会が、人間のも、きつねのも、楽しみでしかたない。
ふたりで歩く夜の道を、ぴかぴかの月が照らしていた。
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