一月。

 もぐらのおばあさんは、森の病院の待合室に座っていました。

 おじいさんが診察室から出てくると、

「どうだったの? お薬はもらったの?」

 

 待合室には、たくさんの患者さんが、順番を待っていました。

 年が明けてから、きゅうに寒くなったので、風邪をひいたり、お腹をこわしたり。

ハリネズミの子どもはおかあさんのひざの上でコンコンせきをしていましたし、野ネズミのおばさんは頭を抱えています。

 リスのお兄さんは、しっぽをまるめて、キツツキさんは毛布にくるまっていました。

 

「ハリネズミさん」

 診察室から頭を出したキツネの看護師さんに呼ばれると、ハリネズミの子どもは、おかあさんに抱かれて、コンコンしながら入っていきます。

「さぁ、行こう」

 おじいさんは、コートをはおって、病院をあとにしました。

 おばあさんは、あわててマフラーをまくと、おじいさんのあとについていきます。

「それで、風邪だったの?」

 おばあさんは、もう一度訊きました。

 

 おじいさんは、ここのところ、

「からだが、だるい」

 と、家の中で、ごろごろしていました。

 夜中に、ときどき、せきをすることもありました。

 食事だって残してしまって、

「ごろごろしているから、お腹がすかないんだ」

 なんていうけれど、おばあさんは、心配でしかたなかったのです。

 それで、『行きたくない』というおじいさんを、なだめてすかして、やっと病院まで来たのです。

 

「ねぇ、どうだったの?」

「うん。やっかいなことになった」

 とにかく家に帰ってから話そうと、おじいさんはいいました。真っ白な雪の中のぽっかりあいた穴の中に、おじいさんが入っていきます。

 おばあさんは、そのあとに続きました。

(これから病院に通わなきゃいけないのかしら。それとも手術するのだったら、どうしよう)

 などと、考えながら。

 

 地面の下の暖かな家の中で、もぐらのおじいさんとおばあさんは、向かい合って座りました。

 テーブルの上には、熱いお茶が湯気をたてていました。

 おばあさんの胸は、どきどきしています。

「で、どうだったの?」

「うん」

「もしかすると、重い病気なの?」

「……」

 おじいさんは、しばらく黙って熱いお茶を飲むと、重そうな口を開きました。

「病気じゃない。病気じゃないけど死ぬんだ」

「えっ?」

 

 すべての時が止まったかのようでした。

 柱時計の振り子でさえ、凍りついたかのようでした。

「寿命なんだ。考えてみたこともなかったよ」

「寿命?」

 そうして、また静かに時が動き出しました。

 静かに、静かに。

 

 おじいさんは、三日三晩、悩みました。

 おばあさんは、三日三晩、泣きました。

 

 そして四日目の朝に、おばあさんは、にっこり笑うと、

「ねぇ、寿命のあるうちに、しておきたいことをしてしまいましょうよ」

 紙とペンを用意すると、まるで旅行の計画でも立てているように、目をクルクル光らせました。

 おじいさんのそばに座ると、温かなからだにぴったりと寄りそって、

「ねぇ、その寿命って、あとどれくらい?」

「わからないよ」

「そう。じゃあ、一か月置きに計画しましょう」

 

 今は、一月だから、今考えるのは、二月の計画。

 二月の終わるころに、まだ寿命が残っていたら、三月の計画を立てるのです。

 

「おじいさんのしたいことは、なに?」

 おばあさんは、メモを取ります。

 さっきまで寿命の終わった後のことを考えて沈んでいたおじいさんの心も、なんだかわくわくしてきました。

「そうだなぁ。二月なら、透き通った冬空の星を見ておきたいなぁ」

「そうね。きっと、きれいよ。いっしょに、星を見ましょうね」

 おばあさんは、『冬空の星』と書きました。

「わたしは、花の種を植えたいわ。ちょうど出口のところに種を植えておけば、春が来るのが楽しみになるわ」」

「そうだね。何の花がいいかも考えなきゃいけないよ」

「そうそう。それから、温かいお料理をたくさんこしらえましょう。寒いときには温かいお料理がおいしいもの。ねぇ、何が食べたい?」

こんなふうに、何もなかった真っ白な紙は、たくさんの計画に埋まっていきました。

 

 二月。

 壁に貼った紙の計画は、ひとつひとつ、かなっていきました。

 ふたりで見る冬の星空は美しく、寒さも忘れるほどでした。

 おじいさんは、おばあさんの手を、自分の手の中につつむようににぎります。

「きれいね」

 流れ星が流れたとき、おばあさんの頬にもつーっと、星のような涙が落ちていきました。

 花の種は、花畑ができるほど、たくさん植えられ、くたびれた日の温かな食事に、ふたりは舌つづみをうちました。

 

 二月の終わりに、おじいさんは少し具合が悪くなって、ベッドに横になりながら、

「ちょっと、がんばりすぎたね」

と、笑いました。

「それじゃあ、三月はもう少し、のんびりとした計画にしましょう」

 おばあさんはまた、紙とペンを持ってきました。

 

 三月。二月に植えた種がぐんぐん根を伸ばし、もぐらの家の天井まで届いています。

「ほら見て。あんなにたくさん」

 おばあさんが見上げると、おじいさんもじっと天井を見つめます。

 ベッドの上で。

 その瞳には、まるで春が映っているよう。

 きらきらとうるんでいたのです。

「三月の計画は、なかなか進まなかったね」

「いいわ。夢の中でかなえましょう」

 おばあさんは、ランプを消して、おじいさんのとなりに眠りました。

 すーすーと、おじいさんの寝息に胸を温かくして。

 

 夢の中でふたりは、散歩をしました。

 もうすっかり雪のとけた地面には、二月に植えた花々が咲き乱れています。

 おばあさんはポケットから、クッキーを取り出します。

 それはおじいさんが好きだった、おばあさんの手作りクッキーです。

「おいしい?」

 って、訊くと、口をもぐもぐさせながら、

「うん、うん」

 おばあさんは、笑っていました。

 おじいさんも、笑いました。

 ふたりはとても、幸せでした。

 

 四月。

 おじいさんは、もういません。

「もう少し、ゆっくりならよかったのにね」

 ふたりで植えた花が咲いています。

 けれどなんだかおじいさんも、その花をどこかから見ているような気がします。

 おばあさんには、いっしょに見ているような気がしてならないのです。

「いつまでも、そばにいてね」

 おばあさんは、そっと、おじいさんに話しかけました。

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    しがみねくみこ (木曜日, 06 7月 2023 08:02)

    日産の童話と絵本のグランプリで、佳作をいただいた作品です。(*^_^*)