あじさい

 

 春が過ぎ、陽射しが強くなりました。

 いつから、そこにいたのでしょう。

 忙しく行き過ぎる人たちの後ろで、少女はじっと立っていました。

 少年は腕時計を見るためにあげた手の、その向こうに立っている少女に気づきました。

 庭の垣根のその前に、少女は立っていたのです。

 

 毎日、少女はそこにいました。

 何をしているのでしょう? 誰かを待っているのでしょうか。

 恥ずかし気にチラリと見やる少年に、少女はにっこり微笑みました。

 

 幾日の時が過ぎたでしょう。

 声もかけられぬまま、それでも少女はまだ、そこに立っていました。

 頬染めて足早に行き過ぎる少年の目に、少女の服の色づいていくのは映っていても、少年が気づいていたかはわかりません。

 

 ぽつり、ぽつり……。

 雨が降ってきました。

 梅雨空の下を、色とりどりのカサの花が開きます。

 

 少年は、藍色のカサに隠れながら、そーっと少女をさがしました。

 少女はやはり、立っていました。

 カサもささずに、垣根の前で。

 

 ピンクに染まったワンピースの少女に、少年はカサをさしかけます。

「ありがとう。でもカサなんていらないのよ」

 少女はまるで、雨を受け止めるかのように両手をさしだすと、ぬれるのもかまわずバレリーナのように踊るのです。

 少女のそのワンピースのすそが花のように開くのを、少年はだまって見とれていました。

「聞こえる?」

「えっ?」

 何が聞こえるというのでしょう。

 少年は耳を澄ませます。

 

 ぽつり、ぽつり、ぽつぽつぽつ……。

「拍手の音よ」

 少女は空を見上げました。

「わたしは、待っていたの。この日の来るのを」

 

 少年がつられるように空を見上げて、それから少女を振り返った時には、

「あっ!」

 いつの間に入ったのでしょう。

 少女は垣根の中にいて、少年をじっと見つめていました。

「空が、わたしに拍手をおくってくれたのよ」

 少女はあじさいの花の中へと消えていきました。

 

 あじさいはピンクの花を満開に咲かせ、打ちつける雨を受け止めていたのです。

 それはそれは、嬉しげに、誇らしげに。

 

 それから少年は時計を見るかわりに、垣根の中のあじさいを見るようになりました。

 

 また、梅雨の季節がやってきます。

 強くなる陽射しの中で、あじさいは日ごと色を染めていくのです。

 もうすぐ空から拍手の音が聞こえてくるでしょう。

 静かにそっとあじさいは、その時を待っていました。

 

作 しがみね くみこ

コメント: 2
  • #2

    しがみねくみこ (日曜日, 05 6月 2022 20:43)

    あじさいが、満開になりました。
    もう、じきに、梅雨です。(*^_^*)

  • #1

    しがみねくみこ (日曜日, 27 3月 2022 11:53)

    少し先の季節のお話ですが、好きなお話です。
    読んでみてくださいね。(*^_^*)