木の葉のひみつをみつけたら

 

「ない! ないないない!」

 町内会の子ども会で来たキャンプ場のロッジの中。もう消灯時間も過ぎたあとのくらい部屋の中で、とつぜん、やまちゃんが泣き出した。

 やまちゃんは、小学二年生だった去年、おとうさんとおかあさんが離婚して、今は、おとうさんとくらしている。

 そのおかあさんが、別れるときにくれたキーホルダーをなくしたというのだ。

 やまちゃんとは、山崎まこと。ちなみにぼくは、りっくんとよばれていて、大南りく。

 ぼくとやまちゃんは、なかよしだ。

 去年、ぼくは、やまちゃんがおかあさんと別れたばかりのころ、学校の帰り道で、やまちゃんが、こっそり泣いているのを見つけた。

 小さい時におかあさんを亡くしていたぼくにも、おとうさんしかいない。やまちゃんと、おんなじだ。だから、泣いているやまちゃんをほうっておけなくて、

「元気出せよ! ぼくはもう、おかあさんには会えないけど、やまちゃんは、会えるんだから」

 それからのなかよし。

 ぼくたちは、どこへ行くのも、いっしょ。何をするのも、いっしょ。

 そんなやまちゃんが、また泣いているのだ。

 やまちゃんが、鼻をすすりながら、

「たしか夕方のキャンプファイヤーまではあったから、きっと、そのあと、……そうだ! きもだめしのときになくしたんだ」

 と、いった。

 きもだめしといったら森の中。

 ぼくたちは、まどから、そっと、森の中を見つめた。

 まっくら。

 あんなにまっくらな森の中で、どうやって、小さなキーホルダーを見つければいいんだろう。ぼくたちは、みんな、どうすればいいかわからなかった。

 しかも、今日で、キャンプは終わり。明日の朝には、キャンプ場を出発するのだ。

 しーんと静まりかえるみんなのそばで、やまちゃんの鼻をすする音だけがした。

「ぼくが、行ってくるよ」

 みんながぼくをとめた。やまちゃんも。

 それなのに、ぼくは、きかなかったんだ。

 それが、まちがいだった。

気がつけば、あたりまえのように、ぼくは森の中で、まいごになっていた。

 ガサゴソだとか、ちょろちょろだとか、変な音ばっかりが聞こえてくるけど、足元の草さえよく見えない。

 ぼくは、顔をあげて、声をはりあげた。

「おーい!」

 すると、その先に、明かりが見えたのだ。

 ほのかな明かり。

 だけど、それは、まちがいなく明かりだった。

 ぼくは、その光を目指して、足を速めた。

 時々、つる草や、木の根っこにつまづきながら、なんとかたどりついた先にあったのは、なんとコンビニ。

 明るくてらされたカンバンにも、コンビニと書いてある。

「えっ?」

 こんなところに?

 中には、客の姿も、ちらほら見える。

 そうだ! キャンプ場までの、道を教えてもらおう。なんだったら、連れて行ってもらおう。

 ぼくは、思いきり、店の中に、とびこんだ。

すると、ごつん!

 店じゅうにひびくような音がして、入り口のとびらに、頭をぶつけてしまった。

 開いているようにしか見えなかったとびらが、実は閉まっていたみたいだ。

「いったーい!」

 ぼくは、頭をかかえて、しゃがみこんだ。それから次に、店の中を見た時、ぼくは、自分の目をうたがった。

 店の中にいた客が、ふくろうや、いのしし、野ねずみや、りすに。レジに立っている店員が、きつねに変わっていたからだ。

 みんなあわてて、近くに落ちていた木の葉を頭にのせ、人間のかっこうに戻ったけど、もう、おそい。

「わー!」

 ぼくは、大声でさけんでいた。

店の中にいた客は、あわててにげ出し、コンビニには、店員に化けたきつねだけが残った。

 入り口でしゃがんだままのぼくのところまで、かけつけたきつねは、

「だいじょうぶですか?」

 と、さも人間っぽくきいてきた。

 あれ?

 頭をうったぼくのほうが、見まちがえたのかな?

 そんなふうに、うたがってしまうくらい、きつねは、普通の店員に見えた。だから、ぼくは、思いきって、

「ここって、動物のコンビニだよね?」

 と、きいてみた。

「こんなしずかな森で、あなたさまが、あんなに大きな音を出すからでございます。みんな、びっくりして、木の葉を頭から落としてしまったのでございます」

「木の葉?」

「そうです。変身の木の葉。頭の上にのせて、人間に変身するのでございます。こちらの木の葉です」

 たしかに、入り口のコンビニと書かれたカンバンの上には、つる草であんだカゴがおいてあって、そのカゴの中には、木の葉が入っていた。

「時々いらっしゃるのです。お酒によっぱらって、まいごになって、入って来る人が。そんなかたにも、あやしまれないように、動物のお客様はみな、人間に変身するのです。だから、今まで、だれにも見つからずにきたのです」

 それなのに、ぼくが見つけちゃったんだ。

「さあ、こちらへどうぞ。こんな時間に、あなたさまのように、おさないかたが、ひとりでくらい森にまようなんて、なにかあったのですね?」

 ぼくが見つけてしまったことをとがめることもなく、きつねはぼくを、店の中に入れてくれた。そして奥から、イスを取ってくると、ぼくをすわらせてくれた。

 ぼくは、いつのまにか、キズだらけになっていて、きつねは、そのキズに薬草までぬってくれた。

「ただのわき水ですが……」

 そういって、出してくれた水は、ほどよくつめたくて、すごくおいしかった。

 ぼくは、いつのまにか話していた。なぜ、こんなくらい森で、まいごになったのか。

 すると、きつねは、

「そのキーホルダーは、なんとしても、見つけなければいけませんね」

 と、いうと、入り口のとびらの前に立って、

「こーん! こーん! こーん!」

 と、森じゅうにひびくように鳴いた。

 いろんな動物の返事が返ってきて、森がいっしゅんさわがしくなった。

 だけど、森は、こんなに広いんだ。ぼくには、見つかるなんて思えなかった。

 ぼくは、気をそらすようにきいた。

「なんで、森の中で、コンビニなんてしてるの?」

 ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ。

きつねは、変な笑いかたをして、それから答えた。

「わたしは、おあげが大すきでして」

「おあげって、あのおとうふ屋さんに売っている?」

「そうそう。そのおあげです。どうしたら食べれるかなぁと考えて、このコンビニを始めることにしたのです」

「どういうこと?」

 きつねは、鼻の下を、ちょんちょんと、かいて、

「キャンプ場や、公園には、時々、お金が落ちていることがあるんです。始めは、わたしひとりでお金をためて、人間に化けては、おあげを買いに行ってたのです。ですが、コンビニを開いて、なかまのみんなにも手つだってもらったら、もっと、おあげが食べれると思ったんです」

「へえ」

 ぼくは、びっくりした。きつねがコンビニを開くなんて……。

「だけど、並んでる商品は、本物じゃありませんよ。でも、見てください。このおいなりさん。ほんものそっくりでしょう? ほんとうは、じゅくしたカキをつめているんです。このカキをとってきたのは、わたしなんですよ。それに、こちらのスナックは、木の実がいっぱいつまってるんです」

 きつねは、変身の木の葉をつかって、商品を作ると、それを並べて売っているという。

「それも、あちらこちらにまいりますので、あなたさまにも、もう、見つかることはありませんよ」

 きつねは、少し、とくいそうだった。

 どれくらいの時がたったのだろう。もう、あきらめるしかないのかな。そんなぼくの心を見すかしたように、

「あきらめては、いけません」

 きつねがいった。

 その時、ばさばさと、羽音がして、からすが二羽、入り口に舞い降りた。

「ほーらね」

きつねのとくい顔。

二羽のからすは、入り口にある木の葉を頭の上にのせると、まるで、夫婦みたいに見える人間にすがたを変えた。

「おそくなって、ごめんなさい。この人が、どうしてもいやだって、なかなかきいてくれなくて」

 奥さんの方の、からすがいった。

「だって、せっかく見つけたのに」

 だんなさんの方は、まだ、不満そうだった。

「こんな小さな子が、こんなくらい森で、まいごになるくらい大切なものなんですよ」

 きつねが、きっぱりというと、からすのだんなさんは、キーホルダーをにぎっていた手をさし出した。

「よかったですね」

 にっこりわらったきつねは、それを受け取り、

「そのかわり、今夜見たことは、だれにもないしょですよ。やまちゃん以外にはね」

「うん!」

 ぼくが返事をすると、きつねは、めくばせをして、きらりと光る小さなサッカーボールがついたキーホルダーを、ぼくの手にわたしてくれた。

 からすの夫婦が帰っていくと、きつねは、店の入り口に立ち、大きな葉っぱを両手で持つと、さっさっと、お店をはらった。

 とたんに、お店はなくなり、商品だったじゅくしたカキや木の実、どんぐりなんかだけが残った。

 きつねは、それを、木のうろにしまうと、またも木の葉をつかって、うろをふさいだ。

「さあ、行きましょう」

 さっきまで、コンビニの店員だったきつねは、もとのきつねにもどり、ぼくをキャンプ場まで送ってくれるといった。

「ありがとう」

 ぼくは、見つけてもらったキーホルダーを、落とさないように手のなかににぎって、きつねのうしろを歩いた。

「おーい!」

「おーい!」

 たくさんの呼び声と、懐中電灯の明かりが見えてきた。ぼくを、さがしに来てくれたんだ。

「では、わたしは、このあたりで失礼します。何事も、過ぎたことより、これからのことのほうが大事です。どうか、やまちゃんと、いつまでも、なかよく。そして、こんなむちゃは、もう、二度としないでくださいね」

 そういうと、草かげにかくれたきつねの、しっぽだけが草の上を走りさり、あっというまに、そのしっぽもいなくなっていった。

 ぼくは、さんざんしかられて、それでもみんなは、

「ぶじで、よかった」

 と、よろこんでくれた。

 みんなに頭をなでられて、ぼくの髪はくしゃくしゃになった。

 きつねにいわれたとおり、ぼくは、こんなむちゃは二度としないときめた。

「りっくん!」

 やまちゃんは、キーホルダーがなくなったときよりも、もっと、なみだを流しながら、ぼくを迎えてくれた。

「ごめんね。ごめんね。ごめんね。りっくん!」

 ぼくは、手の中のキーホルダーを、やまちゃんにわたした。

「えっ! 見つかったの?」

 やまちゃんは、びっくりしていた。ぼくは、きつねとの約束通り、やまちゃんにだけ、ほんとうのことを話した。

やまちゃんは、ぼくの話を、信じてくれた。それから、

「りっくんがいなくなって、ぼく、今まで生きてきた中で、こんなにこわくて、かなしいことは、一度だってなかったよ」

 と、いったんだ。そして、

「森の動物たちが、ぼくのキーホルダーをさがしてくれたんだね。きつねがりっくんを、連れて来てくれたんだね」

 やまちゃんのほっぺたの上で、なみだのあとが、ぴかぴか光っていた。

 ぼくたちは、森に向かって、

「ありがとう!」

「ありがとーう!」

 と、さけんだ。

 朝が来て、ぼくたちは、キャンプ場を後にした。

 だけど、ぼくたちは、わすれない。

 きつねのかけてくれた言葉を。

 

 森のやさしさを。

 

作 しがみね くみこ

コメント: 1
  • #1

    しがみねくみこ (火曜日, 05 4月 2022 21:35)

    十何年ぶりに書いた新作のひとつです。
    まだまだ未熟ですが、これからも書いていきたいです。(*^_^*)