「あれ？　あれれれ？」

　満開の桜の並木道でした。

　こぎつねは、おどろいて、目をまるくしました。だってみんな、変身しているのです。

　この間まで、セーラー服だったお姉さんは、スーツにハイヒール。お化粧だってしています。ランドセルを背負っていたマーくんも、つめえりの中学生。幼稚園に通っていたさっちゃんは、ピカピカのランドセルを重たそうに背負っています。おかあさんといつも公園で遊んでいたジュンちゃんは、幼稚園の制服を着て、胸をはって歩いていきます。

　こぎつねは、そんなようすを、桜の木の陰から、そーっと、のぞいていました。

「すごいなぁ。どうやって変身したんだろう」

　そしてそれはきっと、桜の花の魔法だと思ったのです。

「きっと、桜の並木道の下を通ると、桜の花に魔法をかけてもらえるんだ」

　こぎつねは、うれしくなりました。うれしくて、うれしくて、毎晩、月明かりの並木道を行ったり来たり。

「どうかぼくを、人間にしてください！」

　こぎつねは、人間になりたかったのです。

人間の男の子になって、みんなと遊びたかったのです。

　けれど、来る夜も来る夜も、桜の花の下を歩いているのに、こぎつねには魔法がかかりません。

　雨の日も風の日も、こぎつねは、休まずに歩きました。桜の花は、毎日毎日、風に吹かれて雨にぬれて、その花びらを落としていきます。緑色の葉が、ずんずん芽吹き、もうすぐ桜の花は、みんな散ってしまいます。

「ぼくがこんなに願っていても、ぼくには魔法がかからないのかしら」

　こぎつねは、桜の木を見上げました。桜の花がみんなで、こぎつねを見下ろしています。

　と、きゅうに辺りがしんとして、さらさら、さらさら、音がしました。それは、桜の花の声でした。

「毎晩毎晩、わたしたちに会いに来てくれたね」

「風の日も、雨が降っても、会いに来てくれたね」

　桜の花が、みんな笑って、こぎつねを見下ろしていました。

　こぎつねは、わけを話しました。

　さらさら、さらさら、桜の花は笑いました。

　それからいっせいにその花びらを、こぎつねのまわりに吹きつけたのです。

　とうとう桜の花は、みんな散ってしまいました。こぎつねは、そっと人差し指で、涙をぬぐいます。

　すると、どうでしょう。

　その手は、人間の手になっていたのです。

「ぼくにも、魔法がかかったの？」

　手も足もからだも、それから水に映る自分の顔を見ても、

「ああ、ぼく、人間の男の子だよ。人間になったんだよ！」

　こぎつねは、うれしくて、並木道をかけぬけていきました。

　そして次の日、こぎつねは、公園へ行ってみたのです。

　子どもたちが遊んでいます。なんて、声をかけたらいいのでしょう。

　すると、ゆうくんが、

「いっしょに、あそぼう」

　こぎつねは、目をまるくしました。それから、ゆうくんたちとあそんだのです。

　おにごっこに、サッカーに、かくれんぼう。

　あんまり夢中になっていたので、こぎつねのうしろから、ふさふさのしっぽが出てきたことにも気づきません。そうしてとうとう、しっぽは見つかってしまうのです。

「うわぁ。しっぽがはえてるぅ！」

　子どもたちが、まわりをとりかこみます。

　もうこぎつねは、どうすればいいのかわかりません。

　そうしているうちに、手も足も顔も、もとのこぎつねに戻っていました。

　ゆうくんは、いいました。

「すごいね。きつねだったんだね」

「うん。桜の花に魔法をかけてもらったんだよ」

「どうして？」

「いっしょに…、あそびたかったから……」

「わあい！　わあい！」

　子どもたちが歓声をあげました。

「ぼくたち、友だちだよね。明日も、あさっても、その次も、ずっと！」

　こぎつねは、びっくりしました。そしてこぎつねは、子どもたちと指切りをしたのです。

「明日も、あさっても、その次も、ずっとずっと、友だち」

　こぎつねは、指切りした手を見つめながら歩いていました。

　すっかり葉桜になった、並木道の下を……。

 

作　しがみね くみこ