きいろちゃんは、わたしの机の上で、もう寝息をたてている。

 今夜は、満月。

 きいろちゃんとわたしが出逢ったのも、こんな満月の夜だった。

 

 縁日の夜店で、きいろちゃんは、わたしを見ていた。

 ほかの花は、みんな、よそを向いていたのに、きいろちゃんだけが、わたしを、じっと見ていた。

 きいろちゃんは、黄色い花。

 名前を知らないから、

「きいろちゃん」

 そう呼んだら、きいろちゃんは、

「気に入ったわ」

 と、うれしそうに花ひらいた。

 

 金魚すくいをするためのお金をわたして、わたしは、きいろちゃんをもらった。

 きいろちゃんと、いっしょにいられるのは、金魚すくいをするより、もっとずっと、うれしかった。

 もちろん、きいろちゃんに出逢うまでは、金魚すくいをすることが、縁日の一番の楽しみだったのだけど。

 

 きいろちゃんは、まるでお姫さまみたいに、きれいで、つんとしていて、ちょっぴりわがままだった。

 そしてなぜだか、そんなきいろちゃんが、わたしには、宝物のように思えた。

 きいろちゃんが、

「のどが、かわいた」

 といえば、水をあげる。

「お日さまにあたりたい」

 そんなときは、日のあたる場所にうつして、

「風が強いわ」

 というと、風よけのかこいをしてあげた。

 きいろちゃんは、いつも花を咲かせて、たやすことがなかった。

 

 きいろちゃんとわたしは、ときどき、散歩に行く。

 きいろちゃんが見つけた虹や、落ちていく夕陽をながめたりする。

 でも、よその家の庭に、きれいな花が咲いているときは、気づかないふりして遠ざかる。

 一度だけ、

「あの花、見て」

 わたしが指さしたとき、きいろちゃんは、花びらをとじてしまった。

 

 夜、眠るとき、きいろちゃんは机の上。

 わたしが出かけるときも。

「雨にぬれたりするのはいやだもの」

 きいろちゃんはいう。

 でも部屋を出るとき、さみしそうに首をかしげるきいろちゃんを、わたしは、見つけた。

 だから、いっしょに、出かけることにした。

 きいろちゃんが、できるだけ、ゆったりしていられるカバンをさがして。

 その中に、きいろちゃんを入れて。

 

 わたしは、きいろちゃんと、友だちの家に向かった。

 歩くたびにゆれるきいろちゃんに、

「いたくない?」

 と、聞くと、

「うれしくて、おどってるのよ」

 と、きいろちゃん。

 わたしは、もっと、うれしかった。

 

 友だちは、わたしに、ジュースを入れてくれて、それから、カバンの中をのぞいた。

「かわいそう。花なんか、つれてくるものじゃないわ」

 すると、きいろちゃんは、大きくうなずいたのだ。

 びっくりしたわたしは、目をしばたかせる。

 友だちの手が、カバンの中にのびて、きいろちゃんを窓辺に運ぶ。

 きいろちゃんは、友だちを見上げて、

「ありがとう」

 と、いった。

 きいろちゃんのありがとうを聞いたのは、初めてだった。

 友だちは、笑って、きいろちゃんに、水をあげている。

 すっかりなかよくなって、話をしている。

 わたしは、そんなきいろちゃんを、ただ、だまって見ていた。

 わたしの心にも、水がほしい。

 そう思った。

 かさかさと、かわいていく、胸の中がいたかった。

 友だちがいった。

「花はね。窓の外に置いて、動かさないものよ」

 

 帰り道、わたしときいろちゃんは、一言も口をきかなかった。

 家に着くと、わたしは、きいろちゃんを外に出して、窓をしめた。

 窓の向こうから、きいろちゃんの声がしたようだったけど、わたしには、聞こえない。

 わたしは、ベッドにつっぷして、泣きながら眠った。

 

 雨音に目覚めたのは、朝だった。

 わたしは、いつものように、声をかけた。

「おはよう。きいろちゃん」

 でも机の上に、きいろちゃんは、いない。

「そうだ! きのう……」

 わたしは、思い出した。

 あわててきいろちゃんを部屋の中へ入れた。

 きいろちゃんの黄色い花びらが、雨にうたれて散っていた。

「きいろちゃん!」

 泥のはねたきいろちゃんの葉をあらい、植木鉢をふいた。

 緑の葉っぱだけになったきいろちゃんは、何も話さない。

 きいろちゃんを日のあたる場所にうつして、風よけのかこいをしてあげた。

 それでも、きいろちゃんは、何もいわない。

 土がかわけば水をあげ、いっしょに散歩に行き、夜はわたしの机の上に。

 だけど、やっぱりきいろちゃんは、口をきいてくれなかった。

 

 友だちが、わたしの家に来たときも、きいろちゃんは、見向きもしない。

「花なんて、気まぐれなものよ」

 友だちは、顔をそむけた。

 きいろちゃんは、いつまでも、花を咲かせない。

 かたくなに、つぼみをとじたまま。

「きいろちゃん、ごめんね」

 わたしは、きいろちゃんから、目をはなさない。

 だけど、女王さまのようなきいろちゃんは、わたしのことを、もう、ゆるしてくれないのかもしれない。

 

 まぶしいほどの日が射す朝だった。

「おはよう。きいろちゃん」

 いつものように、声をかけて、わたしは、きいろちゃんを見た。

 そして、息をのんだ。

 きいろちゃんが花を咲かせていく。

 それも、いくつも、いくつもの花を。

 

 陽射しをあびたきいろちゃんは、とても、ほこらしげに、

「この日を待っていたのよ」

「えっ?」

 目をまるくするばかりのわたしに、きいろちゃんは、あきれたように、

「今日が何の日だか知らないの?」

 しばらく考えてから、気がついた。

「わたしの誕生日!?」

「そう! ずっと花ひらくのを、がまんするのって、たいへんだったんだから」

 

 わたしときいろちゃんは、今までのことが、うそみたいにしゃべっていた。

 きいろちゃんの、ゆれる花びらは、輝いて、黄色い光をはなっている。

 光は、私の心の中までも、明るくてらすようだった。

コメント: 1
  • #1

    しがみねくみこ (木曜日, 29 12月 2022 22:25)

    少しずつ、自分でも、お話がアップできるようになってきました。(*^_^*)
    きいろちゃんも、好きな作品です。