じめんの下に、だれも知らないお家がありました。

 そこは、もぐらのお家。

 大きいもぐらは、バブ。

小さいもぐらは、クン。

 ふたりは、とてもなかよし。

 バブは、時計も、カレンダーも、ちゃんと読めるので、

「さあ、ごはんの時間だよ」

 テーブルのイスに、クンをすわらせたり、

「ほら、ベッドに入ろう」

 おやすみの絵本を読んでくれます。

 クンには、むつかしい数字は読めないし、わかりません。

 でも、ときどき、

「おなかすいてないよ」

 とか、

「ねむくないよ」

 と、いっては、バブを困らせたりします。

 

 クンの知らないことは、いっぱいありました。

 たとえば、お家のそとのこと。

「さあ、おいで」

 バブが穴を掘るときは、クンもついていきます。

 バブは、どこになにがあるのかを、ちゃーんと知っていて、

「ほら、うめておいた木の実だよ」

 まっすぐに木の実のところまでいけます。

 クンがこっそり、ひとりで穴を掘ったりすると、

「こんにちは」

 眠っていたヘビを起してしまって、

「待て~」

おいかけられて、おおいそぎで逃げ出すはめになるのです。

 そんなときには、バブがいそいで、クンの掘った穴をふさいでくれました。

「ありがとう、バブ」

「もう、だまっていっちゃだめだよ」

「うん」

 でもクンは、すぐに忘れてしまうのです。

 だから、お家の中には、

「ひとつ、ふたつ、みっつ……

 クンには、かぞえきれないくらい、たくさんの穴のあとがありました。

 

ある日、クンがたずねました。

「あのね、地面の上には、なにがあるの?」

「地面の上には、いろんなものがあるんだよ」

 バブが、なつかしそうな顔をするので、クンは、バブのひざに、ひじをついて、

「それって、どんなもの?」

「まずは、葉っぱ。これは緑色をしてるんだ」

「緑色?」

 クンは、思い浮かべました。

(ああ、なんて、すてきなんだろう)

 だって、地面の下には、緑色なんて見つかりません。

「花が咲いていることもあるなぁ」

「花? それは、なに色?」

 クンの目が、クルンと、かがやきました。

「花の色なら、たくさんあるよ。赤、青、ピンク、むらさき……

「まあ、わたしには、かぞえきれないわ」

「そう、かぞえきれないんだよ」

 クンは、うれしくて、しかたありません。

「ちょうちょが、飛んでいることもあるよ」

「飛ぶって、なあに?」

 バブは、両手を広げると、

「こうやって、羽をパタパタさせて、浮かぶんだ」

「浮かぶの? こうやって?」

 バブのまねをして、両手を広げたクンが、部屋じゅう走りまわると、

「そうそう」

 バブは、お腹とおでこに手をあてて、顔をまっ赤にしながら笑っています。

「羽なら鳥も持っていて、鳥は、うたを歌うんだよ」

「うたですって!?」

 クンはもう、じっとしていられません。

 バブの手をひっぱると、

「はやく、いきましょうよ」

「いくって、地面の上へかい?」

「あたりまえじゃないの!」

 バブは、クンをひざにすわらせると、

「いいかい。もう少しお待ち」

「どうして?」

 クンは、ひざからおりて、またバブの手をひっぱります。

「今は、まだ、ないんだよ」

「ないって、なにが?」

「草も、花も、ちょうちょもね」

 クンには、がまんできません。

「どうして! どうして! バブがいったんだよ。地面の上には、草も花も、ちょうちょもいるって!」

「だから、もう少しお待ち」

 

クンは、かなしくて、ごはんも食べずに、ベッドに入りました。

「バブは、なんていじわるなんだろう」

 つぎの日、目をさますと、

「きっとバブは、ひとりじめにしたいんだわ」

 ヘビのことも忘れて、クンは、こっそり穴を掘ったのです。

「地面は、上ににあるんだから、上に向かって掘れば、まちがうことなんかないわ」

 

 なんにも知らないクンは、もう少しで、水のたまったところや、ヘビの穴なんかを掘りそうになりながら、それでもとうとう、地面の上まできました。

「やったわ!」

 まぶしい光に、クンの目の前は、真っ白。

 ところが、やっと目がなれて、見えるようになっても、やっぱりそこは、白い雪の世界だったのです。

「なんにもないわ」

 クンの目に、涙が浮かびました。

 せっかく地面の上まで来られたのに。

いっしょうけんめい、掘ってきたのに。

 

「さあ、お家に帰ろう」

 クンは、大きな腕に抱かれました。

 それは、バブ。

 心配したバブが、迎えにきてくれたのです。

「なんにもないわ」

「そうだね」

「バブは、うそをついたの?」

「ちがうよ。待っておいでといったろう?」

「じゃあ、うそをついたのは、わたしなの?」

 クンの耳も、鼻も、ほっぺたも、寒くて、真っ赤になっています。

 バブは、クンの手に、ふーっ。

 息を吹きかけると、じぶんの手の中に、つつんでくれました。

「あったかーい」

 バブの手は、お家の中のように、あたたかでした。

「さあ、帰ろう」

「うん」

 うちに帰ると、つめたい風が入らないよう、バブが穴をふさいでくれました。

 

 そうして、地面の上のことも、クンが、すっかり忘れたころ、

「さあ、おいで」

 バブが、ふさいだ穴をあけたのです。

(ヘビが、出てきちゃう)

 クンは、少しおどろいて、それから思い出したのです。

「これは、地面につづく穴だわ!」

「そうだよ。よく、がまんしたね」

 ほめられて、うれしかったけど、クンは正直に話しました。

「わたし、すっかり忘れていただけよ」

 バブは笑いました。

 そのあいだにクンは、バブをおいこし、先に進みます。

 だってこの穴は、クンの掘った穴なんですもの。

 

 まぶしい光に、クンの目の前は、真っ白。

 それから目がなれてくると、そこには……

「ああ! これが草ね。緑色だもの」

「そうだよ」

 息をきらして、おいついたバブが、教えてくれました。

「それに、これは、花! かぞえきれないくらい色があるもの」

「うん」

 バブは、クンの肩に手をかけました。

 明るい陽射しが、しゃわしゃわと、ふりかかってきます。

「それに飛んでいるのは、ちょうちょ! 歌っているのは鳥ね?」

 見上げると、青空が、どこまでも、どこまでも、広がっていました。

 春になった地面の上を、クンは、ちょうちょのまねをして走りまわりました。

 

 だれも知らない地面の下で、ふたりは、なかよくくらします。

 ときどき、クンが、ひとりでなにかして、それが失敗だったとしても、バブがいてくれるから平気です。

 そしてクンは、バブが大好きでした。

コメント: 2
  • #2

    ちさちゅん (土曜日, 09 3月 2024 14:27)

    素敵なお話をありがとう!

  • #1

    しがみねくみこ (金曜日, 23 2月 2024 13:25)

    大好きな大事な人をモデルに書いた作品です。私に、童話を書くように勧めてくれた、そして育ててくれた恩人です。