ひとりぼっちのカッパ

山のずっとずっと奥にある、だれも知らない滝のそば。きれいに澄んだ川の中に、カッパは、ひとりぼっちで暮らしていました。

 年老いた亀が、ときどき話し相手になってくれるほかは、なんにもすることがありません。けれど昔々に一度だけ、迷子の子どもと遊んだことがありました。

 その子は、タケシといいました。

「あの子は水色のシャツを着てたっけ。短いズボンからのびた足は、ぽっちゃりしていて、ひざっ小僧がかわいかったよなぁ」

 それは小鳥のさえずる朝でした。

 夜通し歩いたのでしょう。迷子のタケシは、頭からつま先まで泥だらけになって、ひっくひっくと、しゃくりあげていたのです。

 カッパはタケシに、山ぶどうの実をとってきてやりました。おなかのすいていたタケシは、それにかぶりつくと、カッパのほうを向いて、にっこり笑ったのです。

 タケシは、カッパのことをこわがったりしませんでした。

「ぼく、タケシ」

 そういうと、カッパといっしょに遊んでくれました。かくれんぼう、鬼ごっこ、水遊び。

「必ず会いにくるからね」

 山のふもとに向かって歩く、カッパの背中におぶさりながら、タケシはたしかに、そういいました

カッパはうれしくて、ことこと胸を鳴らしたのです。

タケシのことを、カッパは忘れられません。星空を見あげて、ため息つくと、

「タケシはもう、忘れちまったのかなぁ」

 カッパの心の中で、あの日のことは今でも、宝物みたいに輝いています。

「会いたいなぁ」

 けれどカッパは、きれいな澄んだ水がないと生きていけません。

「行けるところまで、行ってやろう」

 そう思って、川をくだったこともありました。けれどやっぱり、人間の住むところに近づくと、水がにごって、その先には進めなくなってしまうのです。

 ある日、カッパのところに、年老いた亀がやってきました。

「どんな生きものにも、寿命というものがある。ワシにも、もうじきに迎えが来るじゃろう。けれど

待っておいで。必ずまた出逢える日がくるのだから」

 そうして亀は、カッパの前に現れなくなりました。

「あぁ、おいら、亀にも会えなくなっちまった」

 来る日も来る日も、ひとりぼっち。空を見あげては、思い出にひたるだけの日々。

カッパはもう、がまんできませんでした。

「もう一度だけ、タケシに会いたい。亀は、この世を去ったけど、タケシは、きっと生きている」

 大きな皮袋を背に、カッパは川をくだりました。水がにごり、それ以上進めないところまで来ると

、カッパは皮袋に水を入れました。その水で、頭の皿をぬらしながら歩くことにしたのです。

 カッパは川からあがり、重い水を背負って歩きます。山には道もありません。水の中に住むカッパ

の足に、木の枝も小石も、ようしゃなく食い込みます。けれどカッパには、

「タケシに会いに行くんだ」

そのことしか頭にありませんでした。

 やがて人間の作った道が現れました。すると、その先に、

「あっ、なつかしい人間だ!」

 ところが、カッパが近づこうとすると、

「きゃー!」

 みんな、叫び声を上げて逃げていくのです。

「おい、待てよ。なんにもしないから!」

 けれどもう、そこに人間の姿はありませんでした。

がっくり肩を落とし、それでもカッパは歩きつづけます。頭の皿をぬらしながら。

 そうして皮袋の水は、半分になりました。

そこで引き返さなければ、生きて戻ることは出来ません。けれどカッパは、来た道を戻ろうとはし

ませんでした。

「もう二度とあそこには戻りたくない。ひとりぼっちでは生きられない!」

 しばらく行くと、今度は、たくさんの人間が集まりだしました。カッパは目を輝かせ、見まわすと

、タケシの姿をさがします。

 けれどそこに、タケシはいません。

そしてやっぱり、カッパが近づこうとすると、みんな逃げていくのです。

 乾いた頭の皿が、きしきし痛みます。

カッパの目から、涙がこぼれました。

「タケシは、おいらのことなんか、忘れちまったのかなぁ。おいらに会いたいとは、思わなかったの

かなぁ」

 そのときです。涙にゆれるけしきの中に、カッパはタケシを見つけたのです。

「タケシ?」

 カッパは手の甲で、ごしごし涙をぬぐうと、

「タケシ!」

 おじいさんと手をつなぎ、カッパの目の前に立っているのは、忘れもしないあの日のままのタケシ

でした。

すがりつくカッパの緑色の手を、タケシは払ったりしません。

「おじいちゃん。おじいちゃんが話してくれたことは、ほんとうだったんだね」

 タケシは、おじいさんを見あげます。

「そうさ。もちろんさ」

それからおじいさんは、カッパのほうを向くと、

「この子は、わたしの孫なんだよ。あんたは、あのときのカッパだね?」

「おまえが、タケシ?」

 しばたたくカッパの目の奥で、おじいさんの顔と、タケシの顔が重なります。

「そうだ、おまえが、タケシだ!」

 タケシは、カッパのことを忘れたわけではありませんでした。何度も何度もカッパに会いに行こう

としたのに、道もない山奥に、行きつくことができなかったのです。

「わたしだって忘れはしなかった。わたしだって会いたかった。こうして、ここへ来てくれた。だか

らやっと会うことができたんだね」

 おじいさんの頬を、涙がつたいました。

「おいらも、会いたかった」

 カッパの乾いた皿の中に、タケシの孫が水をかけてくれました。

 その水は、からからに乾いていたカッパの心にまで、染み渡るようでした。

コメント: 1
  • #1

    しがみねくみこ (日曜日, 20 11月 2022 16:57)

    あきらめずに一歩を踏み出せば、夢は叶うのかもしれませんね。