ぼく、恐竜になってやる!

「ゆうちゃんなの?」

 キッチンから、おかあさんの声がする。

 くつは、脱ぎ散らかしたまま、玄関に荷物をドサリと置いて、ぼくは、階段をかけのぼった。

 パタパタ、スリッパの音がして、

「学校のものを、こんなに汚しちゃダメじゃないの」

 おかあさんの声が追いかけてくる。

 ぼくは、くやしくて、ふとんがつまれた押し入れに、もぐり込んだ。

 ふとんは、干されたばかりみたい。

 お日さまの匂いがして、あったかい。

 ぼくは、ひざを抱いて横になった。

「おかあさんのバカ」

 学校のものというのは、給食袋のこと。

 いじめっ子たちがやったんだ。

 いじめっ子のリーダーは、タカシ。

 タカシは、クラスで一番からだが大きくて、力も強い。

 ぼくはというと、背の順に並んで、前から三番目。からだの細い順なら一番だ。

 力で勝てるわけがない。

 タカシたちは、いつも、ぼくの通学帽を引っぱったり、ランドセルをけってきたり。

 今日だってそうだ。

 ぼくが手にぶら下げていた給食袋を、うしろから、さっと取り上げて、

「やーい、やーい」

「やめろよ」

 取り返そうとしたら、思いっきり遠くまで、ほうり投げられた。

 タカシたちは、サッカーでもするみたいに、給食袋をけとばして逃げた。

 でもそんなこと、おかあさんにはいえない。

 いえないけど、わかってほしい。

 通学帽のゴムが伸びてること、

「何回、取り替えたと思ってるの」

 なんて、怒らずに。

「おかあさんのバカ」

 ぼくは、もう一度、声に出した。

 ひざを抱えたぼくを、からが包んでいく。

 からは、ずんずん、ぼくをおおう。

 ぼくは、大きなタマゴになる。

 もう、なにも聞こえない。

 なにも見えない。

 ぼくは、じっと、眠るんだ。

 あったかな、ふとんの中で……。

 だけど、干したばかりのふとんは、あたたかすぎた。

 ぴきぴき、ぺき。

 ぼくは、タマゴから、かえってしまった。

 首をのばし、からをやぶる。

「なんだ、この手!」

 ぼくは、おどろいて、かがみの前に立った。

「ティラノサウルス!?」

 ぼくは、恐竜になっていた。

 しかも、みるみるうちに、からだが大きくなっていく。

「たいへんだ!」

 ぼくは、いそいで、家を出た。

 くつを、はくひまもなかった。

「どうしよう」

 みんなが、ぼくをふり返る。

 逃げるように走っていると、タカシたちと、はちあわせした。

 タカシのおどろいた顔といったらない。

 ついつい、追いかけたくなった。

「がううっ」

 自分でも、びっくりするような、うなり声。

 逃げまわるタカシたち。

 そんなタカシたちを見ていると、まるで自分がいじめっ子になったような気がした。

 いやな気分。

 ぼくは、立ち止まった。

 タカシたちがいなくなる。

「もう、追いかけたりしないよ」

 ぼくはどこへ行けばいいのかな。

 町の中では、じゃまになる。

 海に行けば、船がひっくり返ってしまう。

 目をこらすと、遠くに広い野原を見つけた。

「あそこへ行こう」

 ぼくは、そーっと、歩いた。

 いろんなものを、こわさないように、よけながら。

 歩くたびに、どしんどしんっていうけど、ぼくは、そーっと、歩いてる。

 おまわりさんや、テレビカメラ。たくさんの人たちが、ぼくのまわりを取りかこんだ。

 ぼくと目が合うと、とびのいて、少し離れてついてくる。

 ぼくは、電器屋のガラスごしに、うつし出されるテレビをのぞいた。

 そこには恐竜のぼくがうつってた。

 おかあさんも、今ごろは、テレビを見てるかな。

 ふとんの中に、タマゴのからを見つけたら、恐竜がぼくだってこと、気づいてくれるかな。

 野原について、ひとりぼっち。

 ぼくは、ほんとうに、ひとりぼっちだった。

 恐竜になんか、ならなきゃよかった。

 恐竜になんか、ならなきゃよかったのに。

 ぼくの目から、涙がこぼれた。

 涙にゆれるその先に、小鳥が見えた。

 小鳥には、ぼくが、こわくないのかな。

 ぼくは、今、いじめっ子なんかこわくない。

 でも、ひとりぼっちが、すごくこわい。

「あんた、恐竜?」

 小鳥の言葉が通じた。

 ぼくは、びっくりして、うなずいた。

「まぁ、めずらしい。恐竜っていったら、あんた、あたしたちのなかまじゃない」

「なかま?」

「そうよ。あたしたちの先祖は恐竜なの。小さくなって、空飛んで、それで生きのびたの」

 小さくて、細いのなら、ぼくだって負けない。

飛べないけどね。

 それに、今は、こんなに大きくなっちゃったけど……。

「ちょっと、待ってね。みんなに、知らせなきゃ」

 小鳥は、そういって、ピーピー鳴いた。

 鳥たちが集まってくる。

 カラスに、スズメに、サギに、カモメ。小さいのや、大きいのや、色とりどりの。

 ぼくの背中にも、首にも、止まって、重たいくらいだ。

 きっと、ぼくは、鳥の山みたいになってるんだろうな。

「どこから来たんだい?」

「よく生きていたね」

 鳥たちは、大さわぎ。

 そんなことより、ぼくは、

「これから、どうすればいいんだろう」

 そのことで、頭がいっぱいだった。

「ゆうちゃん!」

 ぼくは、ぱっちり目をあけて、声のするほうを見た。

 ぼくを呼ぶのは、だれ?

 ぼくを呼ぶのは……

 決まってる!

「おかあさん!」

 ぼくのクツを片方ずつ両手に持って、向かってくるおかあさん。

 ぼくは、鳥たちのことなんか、すっかり忘れて、走り出した。

 おどろいた鳥たちが、いっせいに羽ばたいた。

 すごい数の羽に、目の前が見えないくらいだ。

 ぼくは、そのあいだをぬって、おかあさんの前に立った。

 もう恐竜じゃなかった。

 いつものぼく。

 飛んでいく鳥たちに、目をうばわれていたみんなは、

「いないぞ!」

「どこへ行ったんだ!」

 野原じゅう、恐竜をさがしまわった。

 ぼくが恐竜になっていたことには、だれも気づかない。

 おかあさん以外はね。

 ぼくとおかあさんは、人ごみを通り抜け、家に帰った。

「どうして、ぼくが恐竜になったってわかったの?」

「テレビを見て、それから、ゆうちゃんをさがしたら、タマゴのからを見つけたのよ」

 やっぱりだ。

(バカだなんていって、ごめんね)

 ぼくは心の中で、あやまった。

 次の日の新聞には、恐竜の写真が、でかでかとのっていて、『夢かまぼろしか!』なんて、見出し

がついていた。

 写真のすみっこに、小さくうつっていたのは、泣きながら逃げるタカシ。

 タカシは、それから、すっかりおとなしくなった。

 ぼくをいじめたりするやつは、もういない。

「小さくたって、細くたって、ぼくは生きのびてやるぞ!」

 電線に止まったスズメが、ぴちゃくちゃ話をしていた。

 恐竜のうわさでもしてるのかな。

 その向こうには、青い空。

 どこまでも、どこまでも、広がっていた。

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  • #1

    しがみねくみこ (土曜日, 11 3月 2023 21:03)

    日産童話と絵本のグランプリで佳作をいただいた作品です。(*^_^*)