ある山に、かしこいサルがおりました。

 それはそれは、かしこいサルで、鳥やシカ、山の動物たちとはもちろん、人の言葉まで話せるサルでした。

 そんなサルでしたから、その日も、考え事をしていたのです。

 それで、うっかり、木から落ちてしまったのです。

 サルは、腕にケガをしてしまいました。

「これでは、エサも、取りに行けない」

 サルは、悩みました。

 そこでサルは、また考えて、

「そうだ。あの人に助けてもらおう」

 あの人というのは、時々、山へ来る女の人でした。

 その人は、不思議な人で、滝を見に来た若い夫婦が、泣きやまない子に困っていると、その子をピタリと泣きやませたり、

「お腹が痛い!」

うずくまる老人を、あっという間に、治したり……。

それをサルは、見ていたのです。

「あの人なら、きっと、このケガも治せるに違いない」

サルは、その人が来るのを待ちました。

 そうして二日目にやっと、その人に会えた時、サルは、ケガをした腕を挙げながら、

「どうか、このケガを治してください」

と、いいました。

 その人は、大きく目を見開くと、

「人の言葉を話すサルとは、めずらしい。わかった。このかごの中に隠れておいで」

 そうしてサルは、その人が肩から下ろしたかごの中に、素早くもぐりこんだのです。

 その人は、それを背負い、山を降りました。

 サルは、その人の家まで、連れていかれ、薬草で、ケガを治してもらいました。

 その人の名は、もみじ。

「おまえにも、名前をつけたほうがいいね」

 もみじはサルに、イチという名前をつけました。

 イチはケガが治るまで、もみじのすることを、よく見ていました。

山へ行き、薬草を摘んで、それを薬にする。

 今まで、エサを食べて生きていくだけだったイチには、それが面白そうに見えて、しかたありません。

「わたしにも、手伝わせてください」

 イチは、ケガが治っても、もみじの家に隠れ住み、もみじのいうことをよく聞き、よく見て、ひとつひとつ、覚えていきました。

 薬草の種類、すり鉢の使い方、薬の調合。そしてその薬が、どんな人に効くのかを。

 イチには、もみじが、神のように思えました。

どこかが痛いという人、眠れないと嘆く人、

「手の先が、冷たくて……」

 頼ってくる人を、次々と、治していくのですから。

 でもイチは、知らなかったのです。

もみじのところに来る人は、もみじに治せる病の人だけだということを……。

 いつしか歳月は流れ、イチは、すっかり、もみじの技を、覚えてしまいました。

イチは、有頂天になり、もみじが人の神ならば、

「自分は山の神になろう」

と、思ったのです。

 ある日、イチは、いいました。

「もみじさん、わたしは、山に戻って、山の動物を助けようと思います」

「それならば」

 もみじは、薬を作る道具まで、持たせてくれました。

 イチは、山へ戻ると、動物の神らしく振舞おうとしました。

山の洞穴に住まい、道具を置いて、薬草を摘み、薬を作って、動物たちに使いました。

 始めは嫌がっていた動物たちも、だんだんと、イチを慕うようになっていきました。

「わたしに治せない病はない」

 イチは、ますます有頂天になります。

 ところが、とうとう、イチは知ってしまうのです。

自分が、神ではないことを……。

 それは、突然にやってきました。

事故に合った子ザル……。

イチが、ありったけの薬草を使っても、母親に抱かれた子ザルの傷が癒えることはありませんでした。

「そんなバカな……」

 イチは、立ち尽くしました。

 冷たくなった我が子を、母ザルはいつまでも離しません。

イチに巻かれた包帯は、子ザルの手足に残ったまま……。

それは、日を追うごとに汚れていき、イチの力のなさを、山じゅうに知らせていきました。

「もう、この山には、いられない」

 真夜中。

イチは、もみじを頼って、山を降りました。

 山から逃げ出したのです。

 もみじは、何もいわず、イチを家に置いてくれました。

 イチは、もみじに甘えて、もみじの家に居続けました。

 もみじは、前と変わらず、山へ行き、薬草を摘んで、薬にします。

 そうして、頼ってくる人を、助けていました。

 イチは、山にいた頃のことを思い出します。

「今ごろ、イチョウの葉を食べ過ぎて、お腹を壊したサルはいないだろうか……。木の根に、足を引っかけて、ケガをしたシカはいないだろうか……」

 心配で、たまらなくなります。

「ああ、この姿を変えて、もう一度、山へ戻れたら、みんなを助けてあげられるのに……」

 すると、もみじがいいました。

「だったら、人に姿を変えるかい?」

「えっ?」

 もみじは、魔女だったのです。

「もう、サルには戻れなくなるけど、それでもかまわないかい?」

 もみじに訊かれたイチは、

「もちろん!」

と、答えました。

 もみじは呪文を唱え、イチを人の姿へと変えました。

「これなら、山へ行って、動物たちを助けられる!」

 ところが人の姿をしたイチを見ると、動物たちはみんな、遠くへ逃げてしまいます。

「ああ、なんてことだ」

 それでも、イチは、あきらめませんでした。

 サルにはサルの、鳥には鳥の、シカにはシカの言葉で、話しかけ続けたのです。

 そうしていつか、やっと動物たちは、イチに近づくようになりました。

 イチは、もみじの家に住み、もみじを手伝いながら、今でも、山に登ります。

 薬草を摘みながら、病気やケガの動物たちを見つけるたびに、治してやっているのです。

コメント: 1
  • #1

    しがみねくみこ (金曜日, 30 12月 2022 13:17)

    かしこいサルとつながっているお話です。
    同じ構想でも、作品はかわるんですね。