一本の木

一本の木が立っていた。

 降りそそぐ陽射しをぬう風に枝を鳴らし、木の葉はゆれてあそぶ。

 少年がいて、その木は少年となかよしだった。

 広がる花の丘。

 そのふもとに、一本の木は立っていた。

 ある日、丘は黄色い花模様のスカートをひるがえし、そこを去ってしまった。

 黄色い花は、黄色いブルドーザーにかわり、花の香りは、掘りおこされた土のにおいにかわった。

 やがてそれは、アスファルトのにおいになり、走る車の排気ガスと、埃と、煤の匂いが混じる。

 敷きつめられたコンクリートの上には、高い高いビルが建ち、一本の木はもう陽射しに会うことも

できなくなった。

 

 ビルの吹き降ろしの風は、一本の木と少年をこわがらせる。

 そのたびに、木の葉は、遠い旅に出て行く。

 枝ばかりになった木の幹に、少年は肩をあずける。

 目をとじると、あの花の丘も、降りそそぐ陽射しも、やさしかった風までも見えるような気がした

「ぼくは、いつまでも、きみと友だちだよ」

 少年は、木の幹に腕をまわした。

 それなのに、鉄のフェンスが一本の木と少年を引き離す。

「こんな木は、邪魔なんだ」

 一本の木は切り倒されるという。

 少年はすきをみて、木の上にのぼった。

「いっしょに逃げよう!」

 木の幹は、少年をのせて、ずんずん伸びる。

 高く高く。

 ビルを追い越し、山を見下ろし、空の上まで、月のそばまで。

 広く広く。

 伸びた枝は、アスファルトをおおい、車をおおい、ビルをおおった。

 人々は立ち尽くし、暗くなった空を見あげる。

 そこにあるのは、差し交わす巨大な木の枝だった。

 月には黄色い花の丘が、スカートを広げてすわっていた。

「お茶でもいかが」

 黄色い花の丘と、一本の木と、少年は熱いお茶を飲んだ。

 白いゆげが雲になって流れていく。

 一本の木と少年は、大きく息をついて、それから眠った。

 夢の中で、一本の木と少年は、降りそそぐ陽射しの下にいた。

風に枝を鳴らし、木の葉はゆれてあそんでいる。

幹に手をかけた少年は、並んで花の丘を見つめている。

 縮んでいく一本の木と、遠くなる少年を見送って、花の丘は、

「おやすみなさい」

 目をとじた。

 

 広がっていた木の枝も縮んだ。

 朝日がのぼり、それを見つけた人々は、手を取り合ってよろこんだ。

 木の上で、その枝に抱かれながら眠る少年が見つかった。

 消防車がはしごをかけ、少年をつれていく。

 ベッドの上で目を覚ました少年は、飛び起きて叫んだ。

「木は!?」

 開いたカーテンの向こうに、新しく作られた丘。

 種が蒔かれたばかりの丘は、まだ茶色い土におおわれている。

 もうすぐ黄色い花の丘は、その上にスカートを広げるだろう。

 そのすそに、移されたばかりの一本の木は、恥ずかしそうに、陽射しと肩を組んでいる。

 まだ頼りなげに立っている一本の木に向かって、少年は走り出した。

「これからもずっと、友だちだよ!」

コメント: 1
  • #1

    しがみねくみこ (日曜日, 20 11月 2022 16:08)

    強く願えば、心は通じていくと信じたいです。