椿は月を見ながら、耳をすませていました。

 ヒュルルとかすかな風の音。

「北風は、どこを吹いているのかしら……」

 

 真冬の森に咲いているのは、椿だけでした。

「花々の咲く季節なら、おしゃべりだって楽しめるだろうに」

「おしゃべりは好きじゃないんだもの」

 それが、北風との出会いでした。

 

 おしゃべりは好きじゃない……そういった椿だったのに、いつの間にか北風が話しかけてくれるのを待つようになっていました。

 

 そして雪が降り、あたりが真っ白に輝く朝。

 北風は赤い花を咲かせた椿に、

「きれいだ」

 と、いったのです。

 椿は幹も枝も波打つように震わせたかと思うと、赤い花をますます赤く染めました。

 

 それっきり、北風は来なくなりました。

 

 椿にはわかりません。

「もうすぐ来てくれる」

「また会いに来てくれる」

 そう思いながら、耳を澄ませていたのです。

 

 ヒュルルと北風が、ほんの近くまで来ている音はするのに、いつもいつもそのまま通り過ぎてしまいます。

「私、おしゃべりは好きじゃないんだもの」

 椿は思い出してみました。

 けれど、気がつけばまた、耳を澄ませているのです。

 

 ある日、道に迷った子どもが、

「ここはあたたかい」

 椿の木の中へもぐりこみました。

「あたたかい?」

 椿は驚いてしまいました。

 そういえば椿のまわりだけ、白い雪もとけています。

 椿の想いが炎のように熱く燃えていたからです。

 

「ああ、そうだったの」

 椿は思いました。

 冷たい北風があたたかい場所へ行けば、命を落としてしまうだろう。私のところへ来ることはできないのだ。

 

 それからは、通り過ぎる北風の音を聞くだけで椿は満足でした。

 話すことが出来なくても、近くまで来てくれたと思うだけで、椿は嬉しかったのです。

 いつもいつも耳を澄ませては、赤々と咲きました。

 

 そうして星のきれいな夜に、とうとう椿のまわりをほんのりと赤い炎が包み込み、遠くからでもその火は、くっきりと映っていたのです。

 北風は、椿のずっと上を舞いました。

 

「きれいだよ。きれいだよ。ぼくは近づけない。きれいな花が落ちてしまうよ」

「あなたの命が落ちてしまうからでしょう?」

「違うよ。違う。ぼくの命なんか構わない。きみのほうが大事なんだ」

「私の花は落ちても構わない。あなたの命の方が大事だわ」

 

 けれど北風は、吸い込まれるように、椿の上へ落ちてしまいます。

 椿に吹きつけた北風に、ボウッと赤く大きな炎が広がりました。

 

 次の朝。

 椿はまわりいちめんに、満開の花を落としていました。

 北風が吹くことはなく、やがて春が来ました。

 

 冬になると椿のところへ、赤い星の輝きが北風に運ばれます。

 そうして椿は、赤い花を咲かせるのです。

コメント: 3
  • #3

    しがみねくみこ (月曜日, 10 4月 2023 20:11)

    ありがとうございます!!
    そんな風にいっていただけて、すごく嬉しいです。(*^_^*)

  • #2

    ちさちゅん (月曜日, 10 4月 2023 13:55)

    目の前に風景が浮かび上がってくる叙情的なストーリーですね�

  • #1

    しがみねくみこ (日曜日, 09 4月 2023 16:03)

    昔の作品です。
    大人の童話ですね。(*^_^*)