家族のみんなは、盆踊りに行く。だいたい村での楽しみなんて、盆踊りと祭りくらいのものだから、村じゅうの人が集まるんだ。
静かになった家の、自分の部屋のベッドの上で、ぼくは天井を見つめた。にぎやかな盆踊りの曲が、かすかに部屋の中にまで聞こえてくる。ひいじいも、診療所のベッドの上で、この曲を聞いてるんだろうか。
頭が変になったひいじいに会うのがいやで、あれ以来、診療所には行ってなかったけど、ひいじいのことが、なんだか、かわいそうになった。それから、ほんの少し、ひいじいに会いたいと思った。
盆踊りは、無事に終わったみたいだった。玄関が、バタバタとにぎやかになり、
「斗真ぁ、おりてきなさい」
二階にいるぼくの部屋までとどく、母さんの大きな声。居間に行くと、テーブルの上に、屋台で買ってきてくれた焼きそばとイカ焼きが置かれてあった。
「ひいじいがいなくてさみしかったけど、盆踊りは楽しかったわよ。斗真も来ればよかったのに」
母さんがいう。
「ひいじいのこと、みんなが心配してくれてなぁ」
と、父さん。
「斗真も、たまには、ひいじいに会いに行ってやってね。いつでも、あたしがついて行ってあげるから」
ばあちゃんがいうと、
「そうだ。斗真の小さいころは、斗真が遊びに来るたびに、ひいじいが一番、遊んでくれたんだからな」
冷蔵庫から、ビールの缶を取り出しながら、じいちゃんがいう。
そういえば、小さいころ、ひいじいのことが、大好きだったことを、今でもおぼえてる。でも、だから、頭が変になって、おかしなことばかり話し出すひいじいは見たくない。
ぼくは、焼きそばとイカ焼きを食べると、歯をみがいて、返事もせずに、二階へあがった。
階段をのぼる木の音が、トントンと、ぼくのうしろをついてくる。ぼくの部屋が静まりかえってる。たまらず手をのばして、ぼくは、ゲームを始めた。でも、全然、集中できない。楽しくなかった。
ひいじいは、今ごろ、どうしているんだろう。盆踊りの曲を聞きながら、どんな気持ちだったんだろう。村一番に、盆踊りがうまいのに……。そうだ! 明日、ひいじいに、会いに行こう。頭が変になってるから、なにをいいだすかわからないけど、怒らないで、話を聞いてあげよう。
そんなことを考えながら、ぼくは眠ってしまったみたいだ。次にぼくが目を覚ましたとき、辺りはもう暗くなっていた。きっと、母さんが、蛍光灯を消してくれたんだろう。
と、そこへ、ひそひそ声が聞こえてきたんだ。
「おぼっちゃま、おぼっちゃま」
ぼくは、ぎょっとした。思わず大声をあげそうになったぼくの口をおさえたのは、白い一匹のきつねだった。しかも、しゃべってる。
「診療所にいらっしゃるお師匠様に、お聞きしましたよ」
「診療所のオシショウサマ?」
いったいなにをいってるんだろう。
すると、きつねは、
「あなたのひいじい様でございます」
「ひいじい?」
きつねたちは、診療所まで、ひいじいを迎えに行き、そこでひいじいから入場券をぼくにわたしたといわれたのだという。
「盆踊りは、ほんとうに楽しいものです。人間の盆踊りにも行かれたのですか?」
「行かないよ」
「それは、もったいない。どうしてでございます!」
きつねは、目を見開いた。
(これは、夢なんだろうか)
ぼくは、考えた。今日は、盆踊りだった。それできっと、この前のひいじいの話を思い出して、こんな夢を見ているんだ。夢なら、きつねの盆踊りに行くのも悪くないかもしれない。夢の中でまで意地をはることはないんだから。明日、頭が変になったひいじいに、きつねの盆踊りの話をしてあげよう。きっと、よろこぶに決まってる。
「ああ、これだ、これだ」
きつねが手に取ったのは、ぼくのリュック。そういえば、ひいじいがくれたイチョウの葉。きつねの盆踊り大会の入場券とやらを入れっぱなしだった。きつねが手にぶらさげたぼくのリュックの中から、懐中電灯でもつけたみたいに、緑色の光がもれていた。わたされたリュックを開けてみると、あのイチョウの葉が光を放っていた。
「さあさ、それを持って、盆踊りに参りましょう。それは大事な入場券ですからね。なくさないようにしてくださいよ。ああ、私ももう、待ちきれませんよ!」
きつねの目が、くるんと光る。ぼくは、いわれるがまま、イチョウの葉をポケットに入れる。
きつねは、ぼくの部屋の窓を開けると、ぴかぴかの絹のような白い布を両手につかんで、パッと窓の外に向かって放った。すると、広がった白い布が、窓のふちから塀の向こうの道までのびる。まるで、布でできたすべり台のようだ。
「さあ、どうぞ」
ぼくは、こわごわと、その布をさわってみた。
「だいじょうぶですよ」
きつねが、目を細めて笑う。たしかに、布だと思っていたそれは、けっこう、しっかりしている。それに、夢の中でけがをしたって、心配ない。ぼくは、思いきり、そのすべり台をすべった。すべり台は、やっぱり絹のような肌ざわりで、すごく気持ちいい。ぼくのあとに、きつねもついてくる。
きつねが、地面についたすべり台を両手で持ち、さっとひっぱると、まるで手品のように影も形もなくなってしまった。
びっくりしているぼくが、
「さあさ、こちらです」
と、案内されたのは、黒いタクシーで、運転席には人間が座っている。
「またせたね」
白いきつねがいうと、
「いえいえ、お待ちしておりました」
運転手がいう。さすがに夢だ。きつねがしゃべっても、タクシーの運転手はおどろきもしない。
黒いタクシーは、神社に向かって走った。田舎の村には、コンビニもない。夜の道には、月明かり。それと、タクシーのライトだけが道を照らしていた。
神社について、タクシーからおりるのかと思ったら、きゅうに、乗り心地が変わった。それもそのはず、黒いタクシーだったぼくの乗り物は、時代劇に出てくるようなかごになり、ぼくをのせたかごを、
「えっほ、えっほ」
かけ声をかけながらかついでいるきつねは、前とうしろの二匹に増えて、さっきまでいたはずの運転手の姿はどこにもなかった。
ぼくをのせたかごは、神社の階段をのぼりきり、するとそこには、たくさんのきつねたちがいて、手に持ったイチョウの葉がいくつもいくつも緑色に灯り、夢の世界を広げていた。中央には、やぐらの代わりに、木がくべられ、提灯のやさしい光を放った屋台も並んでいた。ひときわ大きな年取ったきつねが、赤いちゃんちゃんこを着て、ぼくを見つけると、
「よく、おいでくださった。お師匠さんのひい孫様だと、さっき、聞きました。わたしは、いなりと申します。この二匹は、てんことくうこ。お前たちも、ごくろうじゃったな」
二匹は、ちょこんと頭をさげると、きつねたちの中に消えていった。おいなりさんは、ぼくのうしろにまわって、そこにあった木に、お札を貼った。見ると、まわりの木にも、みんなお札が貼ってあって、不思議に思いながらそれを見ていたぼくに、
「ああ、この札を貼った木のことじゃな。この札を貼った木の中はな、外からは、見えない、入れない、聞こえないってことに、なっておるんじゃよ。今、最後の木に、札を貼ったから、これから、盆踊り大会の始まりじゃ」
その声を聞いたきつねたちが、
「わーい!」
「やったぁ、やったぁ」
よろこぶ声が聞こえたと思ったら、太鼓や笛の音、上手な歌も聞こえてきた。くべられた木のまわりには、もう、何重もの踊りの輪ができている。
「さあさ、おぼっちゃまも、どうぞ」
ぼくは、背中を押された。
「でも、ぼく、踊れないし……」
「だいじょうぶですよ。前やまわりのきつねのまねをしてればいいんです」
明日、ひいじいに話をするためには、ここは踊るしかないよな。ぼくは思いきって、踊りの輪の中に入った。わからないながらも、まわりのまねをしていると、いつのまにか踊れるようになっていた。
その上、楽しい。
「さすが、お師匠様のひい孫様じゃ、すじがよい!」
ほめられて、なお、うれしい。
なんだか今まで、意地をはっていた自分が、バカみたいに思えてきた。思いきってやってみたら、いいことって、きっともっと、あるはずだ。いつのまにか、ぼくは真っ赤になって、汗をかきながら、夢中になって踊っていた。
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しがみねくみこ (水曜日, 18 9月 2024 20:06)
ちさちゅん!
ありがとうございます!!
ちさちゅんも、いろんなことされていて、憧れます。(*^_^*)
ちさちゅん (水曜日, 18 9月 2024 10:32)
食わず嫌い、やらず嫌い(って言うのかな・笑)ってもったいないよね。
世の中楽しいことはいっぱいある。いくつになっても発見がいっぱい。そうやって楽しめるといいな。
素敵なお話をありがとう�