できたばかりのいくつものまるいボタンが、ベルトコンベアーにのせられて、はこばれてきます。

 そのそばに立って、できそこなったボタンをより分けるのが、ハルさんの仕事でした。

 キズのついたボタン。割れたボタン。糸を通す穴がゆがんでしまったボタン。

 ハルさんは売り物にならないボタンを見つけては、手元のかごに入れていきます。

 

 あるとき、

「あら!」

 ハルさんは目をまるくして、その赤いボタンを手にとりました。

それは少しいびつな、でもたしかに三角の、めずらしいボタンでした。

売り物にはならないけれど、保育園でハルさんの帰りを待っている、娘のチカちゃんへのおみやげにしよう。

ハルさんはボタンをかごにではなく、自分のポケットの中にしまうと、にっこり笑いました。

 

空がほんのり暗くなるころ、ハルさんの仕事は終わります。

ハルさんが保育園にチカちゃんを迎えに行くと、チカちゃんは、いつも空を見あげています。

保育園の窓から。砂場から。ぞうさんのすべり台の上から。

 チカちゃんは、赤い星をさがしているのです。

 いつかハルさんが、

「おとうさんは、あの赤い星になったのよ」

 と、教えたからです。

 そしてハルさんも、そう信じていました。

 保育園からの帰り道、ふたりは手をつないで、赤い星に話しかけます。

 ハルさんが、

「今日も、がんばったよー」

 というと、チカちゃんは、

「転んでも、泣かなかったよー」

 それから、ハルさんは、

「あっ、そうだ!」

 ポケットの中をまさぐると、

「これ、これ。チカちゃんにおみやげよ」

 出てきたのは、あの赤い三角のボタン。

「うわぁ、三角だぁ! おかあさん、ありがとう」

 チカちゃんは、大きくあけた目を輝かせました。

 ハルさんが差し出した手の中から、チカちゃんはボタンを受けとると、親指と人差し指でボタンをはさんで、空にかざします。

「きれい!」

 ピカピカ光るボタンは、まるで赤い星のかけらのようでした。

 

 チカちゃんは、ハルさんにもらったボタンを大事にしました。

 青いハンカチの上にボタンをのせて、それを、星の見える窓辺に置きます。

 朝になって赤い星がいなくなっても、赤い星のかけらのようなボタンが、消えることはありません。

 陽射しをうけたボタンは、夜よりも、もっと輝くのです。

 チカちゃんはときどき、ボタンを空にかざします。

 そうすると、昼間でも、あの赤い星が見えるような気がしました。

 

 窓から、あたたかな風が吹くようになりました。

 桜の花の咲くころには、チカちゃんも小学生。

 そのことを思うと、チカちゃんの胸も、ハルさんの胸も、桜のつぼみのように、ふくらんでいきました。

 ランドセル。

上靴入れ。

紺色ブレザーの制服。

 小さなアパートの部屋の中に、ひとつずつ物がふえていきます。

 そしてハルさんは、ちょうど、チカちゃんの手提げカバンを作っているところでした。

 青いカバンに、フェルトの黄色いお月さま。

 左下にはピンク色のウサギが二匹。

空を見あげています。

 星の代わりは、色とりどりの小さなまるいボタン。

 それは、ハルさんが、ボタン工場からもらったものでした。

「わぁ、かわいい!」

 チカちゃんは、針を持つハルさんの横に、ひざを立ててすわります。

 ハルさんは、指差しながら、

「このウサギは、チカちゃんとわたしよ」

「くふふ」

「うふふふ」

 チカちゃんとハルさんは、目を見合わせて笑いました。

 ふたりの目の奥には、手提げカバンを持っている、一年生になったチカちゃんの姿が浮かんでいるのです。

 

 卒園式の朝。

 チカちゃんは、窓から空をながめました。

 そこに赤い星はありません。

 するとチカちゃんの頬を、涙がぽろぽろっと、こぼれていきました。

「どうしたの、チカちゃん!」

 おどろいたハルさんが、チカちゃんのそばにかけよります。

チカちゃんは、うつむいたまま、

「お星さまが、昼間もいてくれるのだったらいいのに……

「えっ?」

「おとうさんにも、卒園式を見てもらいたかったの」

 がっくり肩を落とし、下を向いたチカちゃんのすぐ前。

そこには三角の赤いボタン。

チカちゃんは、それをそっと手にとると、ハルさんのほうを向いていいました。

「これ、持って行ってもいい?」

「えっ?」

「赤い星の代わり」

 ハルさんはじっと、チカちゃんを見つめました。それから、

「あっ」

 あわてて、きのう着た服のポケットをまさぐると、

「ほら」

 ハルさんのひらいた手の中には、ふたつ目の、赤くてそして、やっぱり少しいびつな三角のボタンがのせられていました。

 チカちゃんは、

「これ、どうしたの?」

「きのう、見つけたの。チカちゃんにあげようと思って持って帰ったのに、卒園式のしたくに忙しくて、すっかり忘れてたのよ」

「わぁ、また三角だぁ!」

 チカちゃんの目が輝きます。

 ふたつのボタンは、青いハンカチに包まれて、チカちゃんのポケットにしまわれました。

 赤い星のかけらのような三角のボタン。

 チカちゃんの卒園式のあいだじゅう、それはポケットの中であたためられ、まるで息づいているかのようでした。

 

 その夜、ふたりは、三角のボタンをひとつずつ手にとって、空にかざしました。

 その向こうには、赤い星も見えています。

「チカちゃん、卒園、おめでとう」

「ありがとう、おかあさん」

 三角のボタンのまんなかには、糸を通す穴がふたつ。

 月の光が、白い糸のように、その穴を通っていました。

 それを見つけたハルさんは、ふと、思いつきました。

「チカちゃん、ちょっとそのボタン、貸して」

 チカちゃんの指先から、ボタンをとると、ふたつを重ねてみます。

 ハルさんは、それをまわすように、ずらしました。

するとそこに、星の形が現れたのです。

 ふたつのボタンがきれいな星を描いたとき、糸を通す穴は、ぴたりと合わさりました。

「やっぱり!」

「赤い星!」

 チカちゃんは目をまるくしました。

「そうだわ!」

 ハルさんは、できあがったばかりの手提げカバンをとりだすと、赤い糸を、縫い針に通しました。

 そして黄色いお月さまの横に、ふたつのボタンを、重ねて縫いつけたのです。

 それを見ていたチカちゃんは、

「赤い星だ!」

 

 赤い星のかけらは、赤い小さな星になりました。

 小さな星は、チカちゃんといっしょに、小学校へ行くのです。

 もしかするとそれは、おとうさんからの贈り物だったのかもしれません。

 

 入学式の日。

 チカちゃんは、ハルさんが作ってくれた、手提げカバンを持って、小学校の門をくぐりました。

 紺色ブレザーの制服に、ランドセルを背負って。

 上靴入れも忘れずに。

 そんなチカちゃんのうしろ姿を、ハルさんは、いつまでもいつまでも、見守っていたのでした。

コメント: 1
  • #1

    しがみねくみこ (木曜日, 29 12月 2022 23:27)

    大好きな作品です。(*^_^*)