ほっこりだまっしっこ

つのぶえ童話入選作品

 

 しんしんと、雪のふる夜です。

 山のおじいさんの家では、囲炉裏の中でまきがパチパチはじけていました。

 一人暮らしのおじいさんは、その前に座ってぼんやりとしています。

 おじいさんの目にうつっているのは、目の前のはじけるまきです。

 でも、おじいさんが見ているのは、なつかしいおばあさんの思い出でした。

『ああ、針に糸が通らないわ』

 つくろいものをするときには、いつもおじいさんが糸を通してあげました。

『こんな夜には、あたたかいものを食べると、ぬくもる、ぬくもる』

 雪の日には甘酒やぜんざいのにおいが、家じゅうをつつんでいました。

 夜の雪は、山のけしきも空の星も、みんなかくしてしまいます。

 いつもならけしきや星と話をして過ごせても、きゅうにひとりぼっちになったみたいで、しずかです

(さみしいなぁ)

 と、そのとき、『コン、コン』と、窓をたたく音がしました。

「おや? うれしいね。だれが来てくれたんだろう」

 そこにいたのは、キツネでした。

 白い雪を頭にもからだにも、ふわふわとした毛にのせて、白い息をはいています。

 おじいさんは戸をあけると、すぐに、

「はやく、おはいり」

 と、さそいました。

 キツネは逃げ込むように、戸の中へはいりました。

「こんばんは。きょうは寒くてね、夏にいためた足がいたいんだよ。ちょっと、あたたまっていってい

いかい?」

「ちょうど、たいくつしてたんだよ。ゆっくりあたたまるといいよ」

 おじいさんは囲炉裏の前にキツネをすわらせました。

 雪はまだまだ降りつづいています。

 話し相手ができたのがうれしくて、

「そうら、このざぶとんをしいて、お茶も入れようかね」

 おじいさんは、キツネをもてなしました。

 おばあさんのことを思い出していたおじいさんの口から出るのは、おばあさんの話ばかり。それも、

つきることがありません。

 囲炉裏の前で、ほっこり気もちよくぬくもりながら、

「そうかい。そんなこともあったんだねぇ」

 うなずいていたキツネは、いいことを思いつきました。

(そうだ!)

 キツネがわくわくした顔になったので、

「どうしたんだい?」

 おじいさんが訊いても、

「なんでもないよ」

 キツネがとぼけたので、おじいさんはそのまま話をつづけました。

 あんまりおそくなったので、その晩、キツネはおじいさんのところにとめてもらうことにしました。

 朝になると、

「ありがとうね」

 キツネはそういって、山へかえっていきます。

「やれやれ、また静かになってしまった。

 おじいさんはキツネのすがたが消えてしまったほうを、いつまでも見ていました。

 その夜のことです。

 家の戸を、トン、トンと、たたく音がします。

「おや? きょうも来てくれたかな?」

 おじいさんは、うれしそうに戸をあけました。

 するとそこに、おばあさんに化けたキツネが立っていたのです。

「ただいま、かえりましたよ」

「おっ、おかえり……」

 キツネはきのうと同じ、わくわくした顔をしています。

 おじいさんには、すぐにキツネだとわかりました。

 だって、ひげものこったままだし、どう見てもキツネそっくりなおばあさんです。

(きのうの話を聞いて、よろこばせようと思ってくれたんだな)

 おじいさんは、いじらしくてなりません。おどろいたふりをしてキツネを中に入れると、囲炉裏の火

を大きくもやしました。

「外はさむかったろうに、はやく囲炉裏の前におすわり」

 うまくだませたと思ったキツネは、大よろこびでおばあさんになりすまします。

「ええ、ええ、ほんとにさむいことといったら」

「おまえがかえってきてくれるなんて……」

 キツネだとわかっていても、おじいさんはおばあさんの使っていたゆのみ茶碗をならべて、ひさしぶ

りに甘酒をいれました。

「おまえがいなくなってから、食べきれなくてこまっていたんだよ」

 つるしてあった干し柿を、いくつもいくつもキツネの前におきました。

 そんなおじいさんに、『ほんとうは、キツネだよ』とは、とてもいえません。

 おじいさんはだまされたふりをしたまま、キツネもいつまでもおばあさんに化けたまま。

 次の朝にはかまどに火を入れて、朝ごはんまでこしらえました。

「おじいさん、ごはんができましたよ」

「ええっ?」

 そんなふうにおこされたのは、もうなん年ぶりでしょう。

 おぜんの上にならんだごはんを、おじいさんはゆめでも見ているようにながめました。

「はやく、めしあがってくださいな」

「うん、うん」

 むかいあってすわると、おじいさんはゆげにかくれて、そっと目じりの涙をふきました。

 おばあさんに化けたキツネは、冬のあいだずっと、おじいさんといっしょにくらしました。

 朝も昼も夜も、いっしょにごはんを食べ、囲炉裏にすわればなかよく話をします。

 夜はならんでねむり、やっぱりおじいさんの話はつきることがありません。

 おじいさんの話がいびきにかわると、キツネはくすくす笑いました。

 ひざしがやわらいで雪もとけると、おじいさんは畑仕事にでかけます。

「いってきます」

「いってらっしゃーい」

 くわをかついだおじいさんは、

(どうか、キツネがいなくなったりしませんように)

 と、ふりかえりふりかえり歩きます。

 そこにはいつも、おばあさんに化けたままのキツネが、えがおで手をふっていました。

「さて、きょうのおかずは、なににしようかね」

 ひとりぼっちで晩ごはんのしたくをしていたキツネに、山の風が通りすぎました。

 キツネは心の中に、ぽっかりあながあいた気がして、ふっと考えたのです。

(おじいさんったらおばあさんといっしょだと、キツネの私のことは思い出してもくれないんだね)

 そう思うと、なんだかさみしくてさみしくて、なにをするにもはりあいがありません。

 それからキツネは、すっかり元気がなくなりました。

 心配したおじいさんは、キツネが山へかえりたくなったのだと思いました。それで、

「山のキツネは、どうしたかなぁ。もう、ずいぶん来ないけど、キツネにあいたいなぁ」

 というと、きつねは、わあわあ泣き出しました。

 泣きだしたキツネは、おばあさんからキツネにどんどんもどっていきます。

 しっぽがのび、耳が立ち、ふわふわと茶色い毛がはえ……。

「おじいさん、ごめんよ。私は今までおじいさんをだましていたんだよ」

 おじいさんはそれでも、わかっていたとはいいませんでした。

「おやおや、おばあさんはキツネだったのかい? 私はキツネに会えなくて、とてもさみしいとおもっ

たが、ちゃんとここにいてくれたんだね」

 やっと泣きやんだキツネに、おじいさんはいいました。

「山へかえれなくて、ずいぶんさみしかったろう?」

「とんでもない! おじいさんといっしょにいられて、毎日がゆめのようだったよ」

 それなら、おじいさんだって同じです。

「どうだい。ここにいたいと思うあいだだけでいいから、このままいっしょにくらさないかい?」

 キツネは、目をまるくしました。

「ここにいても、いいのかい?」

 キツネはまた、わあわあと泣きました。おじいさんは、キツネのせなかを、そっとなでてやりました

おじいさんとキツネは、いつまでもいっしょにくらしました。

 朝も昼も夜も、いっしょにごはんを食べ、囲炉裏にすわれば、なかよく話をして。

 夜はならんでねむり、おじいさんのいびきにキツネはくすくす笑います。

 キツネが化けていることに気づいていたことは、ずっとないしょのままでした。

 きょうも囲炉裏にすわるおじいさんの前には、キツネがちょこんとすわっています。

 雪のふっていない山の空には、たくさんの星が出て、おじいさんとキツネを見守ってくれているよう

でした。

コメント: 3
  • #3

    しがみねくみこ (金曜日, 29 7月 2022 21:22)

    こすちゃん!
    いつも、ありがとうございます。
    つのぶえの先生が、お電話で、一緒にタイトルを考えてくださったんです。(*^_^*)
    さすがですよね!

  • #2

    こすもす (金曜日, 29 7月 2022 13:56)

    絵本にしてほしかった!!おじいさんが最後まで気づいていたことを言わなかった優しさ。それも嬉しい(^^♪いつもほっこりお話有難うございます。のんちゃん、HPにアップ作業有難う!

  • #1

    しがみねくみこ (水曜日, 27 7月 2022 20:47)

    この作品は、ポプラ社の編集の方から、スカウトを受けた作品で、思い出もいっぱいです。
    懐かしい!