小太郎はいつも、ちがうと感じていた。
それは人よりからだが大きいということではなくて。
人より力が強いということでもなくて。
小太郎はいつも、こわいとおもっていた。
それはみんながいじめるからではなくて。
犬に吠えられるからでもなくて。
「おぎゃあ、おんぎゃあ……」
赤ん坊は山の中で泣いていた。
布切れ一枚身につけず、裸のままのからだじゅう、赤く染まるほど大声で、ひとりぼっちで泣いて
いた。
男は鳴き声を聞きつけて、おっかなびっくりその子を抱いた。
それでも泣きやまぬ赤ん坊を抱いて、一目散に山をくだると、自分の妻にその子をわたした。
汚れたからだを拭いてもらい、あたたかな布にくるまれて、やぎのお乳を口にすると、赤ん坊はや
っと泣きやんだ。
ふたりには、子どもがなかった。
妻はその子を抱いて、
「かわいい子」
と、やさしい声でいった。
その日から、男は父ちゃんになり、妻は母ちゃんになり、赤ん坊は小太郎と名づけられた。
小太郎は、すくすく育った。
栗のいがをさわってしまい、指の先に血がにじむと、母ちゃんはそれを吸ってくれた。
父ちゃんが肩車して、山じゅう走りまわると、小太郎は声を立てて笑った。
小太郎は、ぐんぐん育った。
育ちすぎて、子どもとは思えないほど背が伸びた。
力といったら、大きな木の一本や二本、いとも簡単になぎ倒すほどだ。
それなのに気が小さい。
馬小屋に入れられたうさぎのように、いつも、そわそわびくびくしていた。
そんな小太郎を村の子どもたちはみんなでいじめた。
小太郎の力の強いことは知っているから、姿を隠して石を投げる。
水をかける。
落とし穴に足をとられた小太郎が転ぶと、遠くからはやし立てる声がした。
そんな小太郎をかばってくれるのは、父ちゃんと母ちゃんと、そして小夜だけだった。
小夜は村のはずれで、婆ちゃんとふたりきりで暮らしていた。
転んだ小太郎の前に小さな手を出すと、
「ほら、起きて」
小太郎は、小夜の手をそっとつかむと、もう一方の手をついて起き上がった。
その手にふれただけで、小太郎のひざも心も痛みを忘れた。
「あそぼ」
にっこり笑う小夜のあとに、小太郎はついて歩いた。
小夜は秘密の場所を教えてくれた。
ルビーのような野いちごのなる草むら。
すわり心地のいい枝のある木。
魚の住む泉。
小太郎はそれよりも、それを教えてくれるときの小夜が好きだった。
きらきら光る目。
揺れるまっすぐな髪。
人差し指をあてて、
「しいっ」
といって、とがらせた小さな口。
秘密の場所には、小夜と小太郎のほか、だれもいない。
意地の悪い子どもらもいない。
小太郎も、にっこり笑っていた。
小夜が草の葉で、指を切る。
小太郎は、母さんがしてくれたように、その指を吸った。
それから、びっくりして目をまるめると、小夜を置いて、とんで帰った。
洗濯物を片づける母ちゃんを見つけると、そのそでをひっぱって、
「母ちゃん、母ちゃん。小夜が指を切ったよ。おいら、その血を吸ったよ。すごくすごく、うまかっ
たよ」
舌なめずりする小太郎に、母ちゃんはギクリとした。
小太郎は、そんな母ちゃんに気づきもせず、
「母ちゃん、母ちゃん。おいらが指を切ったとき、母ちゃんもおいらの血を吸ったよね? おいらの
血もうまかった?」
母ちゃんは青ざめたまま、なにも答えなかった。
まさか、そんなこと……。
母ちゃんは、小太郎が家に来た日のことを思い出した。
山から帰ってきた父ちゃんが抱いていた、裸のままの子太郎。
母ちゃんは、今までのことを思い出した。
育ちすぎて、人より、うんと大きなからだ。
人並みはずれた力を持った小太郎。
まさか、まさか、そんなこと……。
けれどその日、風呂に入って、小太郎の頭を洗ってやりながら、母ちゃんは悟った。
「ああ、やっぱり……」
小太郎の頭には、ふたつのこぶができていた。
かさぶたのように、ざらざらしたこぶは、洗っても洗っても、なくなりはしなかった。
「やっぱりこの子は鬼の子だったんだ」
母ちゃんはそのことをだれにも話さなかった。
父ちゃんにさえいわなかった。
もちろん、小太郎にも。
母ちゃんは小太郎に言い聞かせる。
「人の血を吸ってはいけないよ。人の血には毒があるからね」
「どうして、どうして? 母ちゃんは、おいらの血を吸ったよ」
「親子ならいいんだよ。血がつながっていれば毒はないんだよ」
小太郎はうなずいた。
母ちゃんのいいつけを、ちゃんと守った。
なにも知らない小太郎は、村の子にいじめられ、そして小夜と遊ぶ。
もっともっと育った小太郎は、小夜を大きな肩にすわらせて歩く。
年頃になるまで、それは変わらなかった。
小夜の婆ちゃんが死んでしまっても。
秘密の草むらで、小夜がいう。
「あたしたち、どうせ、のけ者どうし、捨て子どうし。これからも、ずっとずっと、いっしょにいよ
うね」
小太郎は小夜の言葉に目をむいた。
「捨て子?」
そんなことを聞くのは初めてだった。
小太郎はその日も、小夜を置いて、とんで帰った。
家に着くなり、小太郎は鼻をふくらませた。
血のにおい。
村人が集まっている。
小太郎の耳に、声が届く。
「クマにやられたんだ」
奥の部屋に横たえられた父ちゃんと母ちゃんは、ピクリとも動かない。
小太郎はこぶしを握った。
目を見開いて吠えた。
「うおお!」
小太郎は山へ向かって駆けだした。
「うおお! うおおお……」
小太郎の声は地鳴りのように、山から響いた。
村人はその声のおそろしさに耳をふさいだ。
子どもらはガタガタ震えた。
月に照らされた山が、しんと静まる。
小太郎は家に戻った。
横たわる父ちゃんと母ちゃんの横で、小夜だけが待っていた。
荒い息をした小太郎は、肩を揺らせながら、
「山にいるクマは、おいらがみんな殺した」
部屋は血のにおいで満ちている。
小太郎はたまらず、父ちゃんにおおいかぶさった。
小夜は飛びのいた。
小太郎が父ちゃんの傷口からむきだした肉を食べている。
「やめて!」
小夜が声をはりあげた。
小太郎はかまわず、今度は母ちゃんの肉を食らっている。
それはまるで、もぎたての桃でも食べるように、口もとに血をしたたらせ、おいしそうに目を細め
ている。
「やめるのよ!」
小夜は小太郎を母ちゃんからひき離そうとする。
「どうしてだ? どうして食っちゃあいけないんだ? 毒になるからか? 血がつながっていないか
らか? やっぱり、おいら、捨て子だったのか!」
父ちゃんと母ちゃんの肉を食らった小太郎の頭から、みるみる角が伸びた。
声も出ない小夜は、小太郎の角を指差した。
小太郎は自分の頭に手をやると、
「これは、なんだ!」
頭を抱えた小太郎は、ぶるぶる震えた。
「小夜。おいらが捨て子だというのはほんとか?」
小夜はうなずいた。
「そうか。おいら、鬼の子だったんだな。それで……」
鬼になった小太郎は、がっくりとひざをついた。
小太郎のまわりが冷たい氷に閉ざされていくようだった。
ひとりぼっち。
小夜は小太郎の顔を拭いてやった。
こびりついた血のあとを舐めてやった。
と、そのときだ。
小夜の頭から、角がはえた。
小太郎は目をみはった。
「小夜も、鬼の子だったのか!」
小太郎と小夜は、村からいなくなった。
だれにも食べられなくなった野いちごは、草むらにこっそりと隠れていた。
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しがみねくみこ (火曜日, 15 11月 2022 20:58)
こすちゃん、いつも、ありがとうございます。
このお話は、好きな作品なので、すごく嬉しいです!
こすもす (火曜日, 15 11月 2022 10:44)
うん、立場を変えてみたらそうやね~。
でもお話にはしにくい。
子猫ちゃん、すごい!
しがみねくみこ (月曜日, 10 10月 2022 18:26)
残酷なようですが、人間だって動物を食べる。
鬼が人間をというのも同じだと思うのです。