最後のコスモス

小さなコスモスのつぼみは、先に咲いたコスモスのかげで、花と咲く日を胸いっぱいに待っていま

した。

 今年も、コスモス畑は、大にぎわい。

「きれいね」

「なんて、かわいらしいのかしら」

 花を愛でる声が、小さなコスモスの遠く上から聞こえてきます。

(花ひらいたら、だれが、わたしを見てくれるのかしら。わたしのことも、ほめてくれるかしら)

 小さなコスモスは、その日をずっと、夢見ていました。

 ところが陽のあたらないコスモスは、なかなか咲くことができません。

(早く、早く!)

 気持ばかりあせっても、思うようにはならないのです。

 先に咲いたコスモスが、花びらを散らせます。冷たい風が、畑に吹くようになり、あんなににぎわ

っていた畑から、人々の足が遠ざかりました。畑じゅうにひびきわたっていた楽しそうな声も、もう聞

こえません。風の音だけが畑の中を吹き過ぎていきました。

そうして、小さなコスモスは、やっと花を咲かせたのです。

最後に咲いた小さなコスモス。

薄紅色のさざ波のように揺れていた花々は、今はもうありません。あたりには枯れ果てたコスモス

が倒れているばかり。

(どうして……)

 あんなに夢見ていた日が、やっときたのに……。

 高く遠くなった空の下で、コスモスはひとりぼっちでした。

 朝の冷え込みに、花びらの先が色を落とします。容赦なく吹きつける風が、一枚の花びらをひきち

ぎっていきました。

(なんのために、わたしは咲いたの……)

 それでもコスモスは咲いていました。

 陽の光の中で。

ある日、小さなコスモスのそばに、足音が近づいてきました。

 遠くから、女の人の呼ぶ声がします。

「千夏、もういいのよ。あんたと、またここへ来られただけで、じゅうぶんなんだから」

 それは、千夏と呼ばれた少女の足音。

「待って、おばあちゃん。もう少しだけ……」

 小さなコスモスは、ことことと胸を鳴らしました。

まるで夢の中にいるようです。

あんなに待ち焦がれていた人の声。

その声が、すぐそこにあるのです。

(わたしを見つけて!)

 小さなコスモスは、花びらの色が落ちたことも、一枚、なくしてしまったことも忘れて、少女を呼

んでいました。

(わたしは、ここにいるわ!)

小さな足音がとまり、

「あっ!」

 少女は、小さなコスモスを見つけました。

そして、おばあちゃんのもとへ走り出したのです。

「おばあちゃん! あった、あった。コスモスの花を見つけたよ!」

 杖をついたおばあちゃんは、千夏に手をひかれてやってきました。千夏は目を輝かせ、小さなコス

モスを指さすと、

「ほらっ!」

 おばあちゃんはおどろいたような顔で、コスモスを見つめました。それから、コスモスの前にしゃ

がむと、

「ああ、ほんとうだ。ほんとうに、コスモスが咲いている」

 その目に涙を浮かべました。

 千夏は赤ちゃんのころから毎年、コスモス畑に連れてきてもらっていたのです。

 コスモスが大好きなおばあちゃんに。

 でも、今年は、おばあちゃんが、入院して、

「コスモスを見るのは、もう無理ね」

 肩を落とすおばあちゃんに、

「千夏が連れて行ってあげる。だから、早く、元気になって!」

 千夏は、約束していたのです。

「まるで、わたしたちが来るのを待っていてくれたみたいだねえ」

「そりゃあそうよ。こんなにコスモスの好きなふたりは、ほかにはいないんだから!」

ふたりの笑い声が、コスモス畑にひびきわたります。

小さなコスモスは、精一杯、花びらをひらかせ、

(一番最後のコスモスになれてよかった)

 風に揺れていたのです。

 その夜、月明かりの下で、小さなコスモスは花びらを散らせました。

 花びらは風に乗り、遠くまで飛んでいいきました。ひらひらと、ゆらゆらと……。

コメント: 2
  • #2

    しがみねくみこ (木曜日, 07 12月 2023)

    昔、長野に授賞式に行った帰りに、見つけたコスモスの花のことを書きました。(*^_^*)

  • #1

    しがみねくみこ (月曜日, 10 10月 2022 17:51)

    長野の授賞式の帰りに、最後のコスモスを見つけたときに浮かんだお話です。